第6章第2部:振り向けば、ジャンケット(8)

 確かに博奕(ばくち)とスケベイの両方で、マカオを訪れる客も多かった。

 でも大口の客でなければ、手っ取り早く金龍酒店や利澳酒店といった中規模地元ホテルに併設された桑拿(サウナ)に放り込めば、それで済む。

 モデル級の女は揃っているし、料金は手頃だ。なによりぼられる心配がなかった。

 どういういきさつがあったのか不明の部分は多いのだが、マカオ名物だったリスボア(澳門葡京酒店)の「回遊魚」群は、警察の取り締まりで消えていた。あれはスタンレー・ホーの親族が仕切っていたはずだったが。

「でも、わたしは桑拿に入れませんから」
「そうだったな。外部の女人は禁制だ」

 マカオの桑拿というのは、性的なサーヴィスもおこなう施設である。

 日本流というか世界流の「サウナ」に行きたいのなら、マカオでは「SPA」を利用することになっていた。

 ちょっと値が張ってもいい客が相手なら「夜總會」に連れ出すのだが、考えてみればそこも女性は入れない。

 5週間の予定で大陸から出稼ぎに来るシロウト娘から、パリやロンドンやサンフランシスコの冒険少女まで、プロなら欧米の高級娼婦と、マカオには世界中の美女が集まっていた。

「連中は慣れているから、優子さんの手を煩わせることはないと思うけれど」
 と良平。

「いざとなったら、『天馬會』のジャッキーくんに頼んでみます」

 優子の頬にわずかな赤みがさした。

 恋が芽生えているのか。

「ジャンケットのお仕事は、予想していたようにエキサイティングでスリリングでした。24時間対応で身体がきついことはあるにしても、わたしに向いている、と思うのです。ただお客さんにセックスのための女性を斡旋することだけは、仕事の一部だといえ、わたしはやりたくありません」

 優子は、上司に対しても自分の考えをはっきりと主張する。

 良平の経験では、カジノの仕事だというと、男女にかかわりなくへらへらした者たちが集まってしまうものなのだが、みんな永続きしなかった。生き馬の目を抜くようなマカオのジャンケット業界では、というかそういう業界だからこそ、芯が一本ぴしっと通った人間が、生き残れるのである。

 泥水を飲むことが多い稼業でも、優子さん、あなたは眼の輝きを失わないでいて欲しい。

 口には出さず、良平は心の中で願った。

        *         *         *

 あとを優子に任せて、都関良平は日本へと旅立った。

 2週間ほどの予定だが、なに、トラブルが起きたら、その日のうちにはマカオに戻れるのである。

 良平が日本に向かった主な理由は2件あった。

(1)札幌と大阪での集金。
 これは時間を喰うかもしれなかった。

(2)東京でリゾートJJ社の本社をのぞいてみること。
 こっちの方は、たしかに就職活動における面接なのだろうが、良平が雇い主であるリゾートJJ社にインタヴューするもので、その逆ではなかった。

 ナニィは、還暦を迎える来年には出身地の瀋陽に戻ってしまう。娘のリリーも、時期を同じくして、どうやらアメリカの大学に進学するつもりらしい。

 都関良平も、そろそろ身の振り方を決めておいた方がいいのだろう。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。