第6章第2部:振り向けば、ジャンケット(11)

 55億円分のババをつかまされた「積水ハウス事件」(五反田駅から徒歩3分の旅館『海喜館』を舞台にした架空売却)とか、被害が12億6000万円だった「アパホテル事件」(溜池の駐車場を舞台にした架空売却)とかは、関東では知られた「地面師」たちのシゴトだった。

 一方釜本は、関西ではけっこう名が通ったグループで、その中間取引における不動産業をやっている。

 ヒデ―商売である。しかし、捕まることはあってもなぜか起訴されることがほとんどない稼業なのだそうだ。20人が逮捕されても、多くて2人くらいしか起訴されない。

 どういう事情なのかだいたいの想像はできるが、オカミによる「善意の第三者」認定があり、22日間の拘留でパイ(=起訴猶予)となった。

 起訴こそされないのだが、最大の危険は、自分がババを引いた状態で「事件化」されてしまうことである。これだと土地の転売ができなくなってしまった。

 組んでいたはずの地面師仲間からのタレコミやチンコロは、よくあるらしい。

 キツネとタヌキのだまし合いの世界だ。

 だから地面師は、即座にババを次の者に引き渡して、ゼニを握ったら席を立つ。

 ここいらへんは、カジノで打つ博奕の要領とそれほど変わりがなかった。

「これから、どうや?」

 ミナミのクラブで、唇を赤ワインで濡らした釜本が言った。

 この店は、良平のオゴリだ。

 しかし釜本は、良平に返したばかりのカネを巻き上げるつもりなのか。

 自分の客と会うと、どこであろうと客の地元の賭場(どば)に良平は誘われることが多かった。

 あいかわらず地下賭博あるいは闇賭博は、日本全国お盛んなようである。

「ホン引きなら、行ってもいいですよ」

 と良平は受けた。

 ホン引き、というのは「手本引き」のこと。

 豆札と呼ばれる専用札を使用して、胴師(どうし)が引いた1~6までのカードの数字を当てる賭博だ。胴師と側師(がわし)の心理戦の様相を呈す場合もあり、その勝敗には技術が絡む可能性を含む。

 不特定多数を相手にする種類のもので、技術が絡む賭博種目は、良平が知る限り、牌九(パイガオ)とこのホン引きだけだった。

 なぜなら、技術的要素がその勝敗を決める賭博なら、強い奴が勝つ。それではカジノはたまらない。商売とならないのである。(麻雀とかポーカーは、不特定多数が相手ではなくて、人数を制限し打ち手同士が争うゲーム賭博)

 20年も昔なら、

 ――西のホン引き、東のバッタ。

 と言われ、関西では手本引きの場がどこにでもあったものだが、バカラという賭博種目の日本上陸に押され、徐々に廃れた。

「いや、あれはもうのうなってもうた。胴師を務められる奴がおらへん。そやからサイ本引きや」

 サイ本引きというのは、豆札の代わりに賽子(サイコロ)を使用するもの。

 それでは、胴師と側師の心理戦が成立しない。

 意思のない賽子が相手では、なにより「胴の傷」が探せないのである。すなわち、技術が介入する余地はなかった。

 技術的介入の余地がなく、賽子の出目という偶然に、「スイチ」や「ケッタツ」で賭けていくとするなら、単なる控除率が高い賭博となるだけだ。

「じゃ、遠慮しておきます」

 良平は、きっぱりとお断り申し上げた。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。