第6章第2部:振り向けば、ジャンケット(15)

「なるほど。日本の大口客が見込めないとすると、ターゲットとする市場はアジアですね。中国やインドネシアといった国内でカジノが禁止されている国からのハイローラーたちを日本に引っ張ってくるのは、それほど難しいことではないはずです。『内国人入場禁止』のカジノがほとんどの韓国からも、引っ張ってこられると思います。しかし、問題となるのは、カネの動かし方だ。ほんの一部を除けば、ハイローラーの皆さんはカネがトレースされるのを嫌がるわけですから」

 と都関良平(とぜきりょうへい)

 窓の外は、霧雨が雨脚の見える本格的な降りに変わっていた。

「そこなんです。それで日本でのカジノ開業に関係しようとする企業は、こぞって国際金融の専門家を雇っているか、あるいはこれから雇用する予定です。柳沢さんは、警察庁時代は『マネロン』を担当する部署にいた。それでうちの親会社の方に来ていただいたのですから」

 やはりそうか。

 日本国内で一般に考えられているのと異なり、じつは日本の金融界は「マネロン天国」と国際的にとらえられている。

 FATF(Financial Action Task Force)という国際機関がある。

 要は、グローバル化された世界における国境を越えたカネの動きを監視・審査する国際政府間組織だ。本部はパリにある。

 FATFの2008年の審査で、日本は「マネロンやり放題の国」との不名誉な格付けをされた。評価の指標となる49項目のうち、10項目で最低の評価を受けているのである。いわゆる先進国(OECD加盟国)で、こんな低評価を受けた国はなかった。

 2019年秋には、再び日本に審査が入る予定だそうだ。

 審査の対象は、大小の銀行だけではなく、郵便局や証券・保険業界と広く金融関連全般が含まれる。

 それで日本の金融界が、いまから戦々恐々の状態に陥っているのは、よく知られているところだ。

 地下社会のみならず、政界・経済界でも日本での「オモテに出しづらいカネ」は、現金でやり取りされる場合がほとんどだ。ロッキード事件ではダンボール箱に入れられた5億円分の札束、金丸信・元自民党幹事長事件でも、いやいや最近の甘利経済再生相(当時)の事務所や大臣室でも、キャッシュが授受されていた。

 現金には住所氏名が書いていない。それゆえ、アシがつかない。

 その現金をそのままウラ社会でやり取りする分なら、確かに問題は生じない。しかし、そのカネをいったんオモテ社会に出すには、それなりのプロセスを踏まなければならなかった。

 問題が国際化する以前の日本では、この役割を大小の金融機関が請け負っていたのである。

『国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(略称・国連組織犯罪防止条約、のちにパレルモ条約とも呼ばれた)』が国連で採択されたのが2000年だった。

「国際的な組織犯罪の防止」のための国連の条約なのに、だが日本の国会でその条約が批准されたのは、なんと17年も経った2017年である。

 なぜか? (つづく)

⇒続きはこちら 第6章第2部:振り向けば、ジャンケット(16)

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。