第6章第2部:振り向けば、ジャンケット(16)

 なぜそんなに時間がかかったのか?

 日本のオモテとウラの経済に、そうしなければならない事情があったからである。

 想い返せば、メガバンクが良平をジャンケットとして香港に送り込んだのは、そういった「オモテに出しづらいカネ」を担当させるためだった。

 つい最近まで、『香港四人衆』などと呼ばれた連中が、香港にオフィスを構え、大手を振って活動していた。しかし、日本の国会で『パレルモ条約』が批准される

 すこし前には、消えている。

『香港四人衆』とは、日本の国税OB、国際金融の専門家をコア・メンバーとする集団だった。番頭格の男は警察出身である。

 もう、どうなっていることやら。

 都関良平は、柳沢の顔を見ながら、心の中で苦笑した。

「FATFの審査が済むまでは、どこも目立ったことはできない。だから現在はキレイなものです。でも東京オリンピックが終われば、不況になることはわかりきっている。なんとかカネを外に持ち出す仕組みを編み出さなくてはならない。ヴァージン諸島とかケイマン諸島経由といった方法は、そのころ使えなくなっていることだろうから、むしろアメリカのデラウェア州あたりを経由させて、ぐるぐる回す。そこいらへんは金融界の優秀な人たちが頭を絞っている」

 と柳沢が応えた。

「それを警察が見逃すのですか?」

 と高垣が柳沢に向いた。

 そこは良平も訊きたかったことだ。

「見逃すもなにも、警察が決めるのです。日本の警察は、法律上、行政機関であるだけではなく、司法機関(『警察法』第二条1項)でもあるのです。許認可権と捜査権を同時に持っている。もうぶっちぎりで最強。やろうと思えば、なんでもできます。だから裁判所が発行した逮捕状を、ホントかどうかは知らないけれど、いち警察官の独断で握りつぶしたなんてことも起きる」

 ああ、ジャーナリスト志望の女性への準強姦事件のことを言っているのだな、と良平は察した。

 法治国家で起こってはならないことが、日本では平気で起こる。

 そして誰も罰せられない。

 永田町とつるんだ際の警察が、「もうぶっちぎりで最強」である点は、良平も認めざるを得なかった。

 それゆえ日本では、マスコミからゼネコンまで、通信から兵器産業まで、公営競技からパチンコまで、警備業界から麻雀屋の組合まで、輸出入関連から旗振りおじさんを派遣する会社まで、どこでも「元オマワリさん」たちの天下りが入っている。

 そういえばマカオで、

――3000万円でどんな事件でも不起訴にしてやるぞ。

 なんてフカしていた元県警本部長なんてお方も居たっけ。

「最初の数年間は、公営競技だのパチンコのファンたちでもたせる。というか連中だっていいカネになるはずです。でもそんなのはすぐにカネが尽きて枯れてしまうだろうから、7年後の『見直し』にも照準を当てた経営戦略をつくっておく。いつまでも日本のヒラ場客を主なマーケッティング・ターゲットとしているようでは、超巨大なパチンコ・ホールと同じになってしまうね。しかも賭博控除率はパチンコの8%じゃなくて1%前後です。そんなものに、大手カジノ事業者がとても1兆円の投資はできないでしょう」

 高垣がまとめた。

 確かにそのとおりなのだが、依然として国境を越えるカネの移動の部分は未解決のままである。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。