第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(16)

 28クーめでは順に、一番ボックスの小田山が、30万ドルのプレイヤー・ベット。

 五番ボックスの北海道の打ち手と2番手に着けた六番ボックスの広告屋が、共に20万ドルのバンカー・ベット。

 まだ、お互いに出方を窺っている状態だった。三番ボックスが脱落してくれさえすれば、彼らは決勝テーブルに坐れる。

 標的となった優子はどういうわけか涼しい顔で、ミニマムの1万ドルで、変わらずバンカー・サイドにベットしていた。

 本来ここいらへんで動かざるを得ないはずの優子が、動いていない。

 最後の2クーで残り一人の脱落者を決することとなった。

 まだ誰も「シークレット・ベット」の行使はない。

 28クーめはプレイヤー・サイドの勝利で、ここで小田山が一人抜け出す。

 でも勝負はこれからだ。

 29クーめ、全員が「シークレット・ベット」の権利を行使した。

「シークレット・ベット」は、クーの結果が出てから開かれる。

 カードに記されたベット額は、選んだサイドが的中すればつけられ、外れればその分没収されるのである。

 このクーは、三枚引きの泥仕合となりながら、2対1でバンカー側の勝利。

 優子を除く生き残り3名が、サイドは異なれども、マックスの100万ドル・ベットに出ていた。

 そして優子はなんと、またまたミニマムの1万ドルで、バンカー・サイドへのベットである。

 一番ボックスの小田山と五番ボックスおよび六番ボックスがつぶし合う展開となり、これは小山田が制した。

 小山田は前哨戦での大勝の勢いをまだ引き連れているようだ。

 動かなかった優子が、ここで2着につけた。

 最終手も、もちろん全員「シークレット・ベット」の行使である。

 結果は、ナチュラル・ナインを起こしたプレイヤー側の楽勝。

「シークレット・ベット」が開かれていく。

 予想されていたように一番ボックスの小田山は、ミニマム1万ドルのベット。

 勝利サイドは関係なく、これで勝ち上がれるのだから。

 注目は、三番ボックス・優子のベット量とサイドだった。

 固唾を呑んで見守られる中、ディーラーが三番ボックスのカードを開き、皆に示す。

「アイヤア~ッ!」

 の叫び声が、五番ボックス・六番ボックスから同時に挙がった。

 なんと優子は、このクーもミニマムの1万ドルで、バンカー・サイドへのベットだったのである。

 初手から最終手まで、優子はずう~っとミニマム・ベットのバンカー・サイド賭け。

 優子がうっすらと微笑んだ。

「こんなん、ありか」

 五番ボックスの北海道から参加した男が吐き捨てた。

 五番ボックスの「シークレット・ベット」を開いてみれば、「バンカー、オール・イン」とある。

 手持ちチップがマキシマム・ベットには足らないから、2位狙いのオール・インとなる。

 しかしこの局面でのオール・インは、自爆だった。

 六番ボックスの広告屋の「シークレット・ベット」は、「バンカー、79万ドル」。

 手持ちの80万ドルに、ミニマム・ベット分の1万ドルを手元に残したベットだった。

 大会では、これが首の皮一枚で生き残れる術だ。

 打ち手全員が一方通行で最終手を外したのだから、一番・三番・六番のボックスが勝ち上がった。

 優子は自分で勝ちにいったわけではない。

 敵が勝手に負けてくれるのを待っていた。

 やっぱりな、と良平は頷く。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。