第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(15)

 良平のスピーチが終わるとすぐに、予選が開始された。

 優子が坐るA卓では、初手は全員がミニマムの1万HKDベット。

 トーナメントでは、だいたいそんなものだ。

 サイドは分かれていた。

 三番ボックスの優子はバンカー側にベットしている。

 トーナメントにおいては、ミニマム・ベットでの勝敗は無視してよろしい。

 バカラ大会は、「仕掛けた」クーでの勝敗と、敵の動きを読む部分が、命運を決した。

 ゲームの流れは、シューの初めから「ひっつく」展開である。いわゆる「だんご」状となった。

 まずバンカー側が4目のツラ(=連続勝利)。

 5目めで10万ドル・20万ドルと「仕掛けた」参加者がいたのだが、ここでプレイヤー側に目が移り、手を失った。

 プレイヤー側も3目の下落ちとつづき、4目めで「仕掛けた」打ち手が、手持ちを減らしていく。

 3行めのバンカーも2目ひっついた。

 4行めも下に落ちる。

 こうなると、プレイヤー側・バンカー側にかかわらず、2目めが狙われた。

 同卓の打ち手たちは、ベットに濃淡をつけて、浮いたり沈んだり。

 5行めのバンカー勝利は2目だけで、目替わりした。

 ここで「だんごケーセン」の終了。

 そこから出目は、横に走ったり、2目だけひっついたり。

 難しいケーセンとなった。

 優子は変わらずミニマムのフラットでバンカー側ベットだけを繰り返し、水面上にわずかながらも顔を出している。

 20クーが終了し、優子を挟む2番ボックスと4番ボックスは、5~7万ドルの手持ちとなり、すでに瀕死の状態。「仕掛け」を連続して外したからである。

 ここから盛り返すには、オール・インのベットで的中させ、それを倍々の「おきっぱー」で仕留めていくしかあるまい。

 そういうことが起こらないとは決して言えないのだが、まあこの二人は実質上レースから脱落したと考えても構わないのだろう。

 そして残り5クーとなった時点で、両者ともオール・インを敢行し、見事に外してしまった。

 あと一人が脱落してくれれば、生き残り組は持ち点のいかんにかかわらず予選通過となる。

 27クーが終了し、手持ちチップの集計発表が行われた。

 もちろんまだ誰も「シークレット・ベット」を使用していない。

 他の打ち手たちにサイドとベット額を秘密にすることができる「シークレット・カード」は、通常ラスト・3クーあたりから使われる。

 ディーラーが手持ちチップを整理し、結果を良平が読み上げた。

「一番ボックス、223万ドル。二番ボックス、バスト(=BUST。破産した、という意味)。三番ボックス、106万ドル。四番ボックス、バスト。五番ボックス、186万ドル。六番ボックス、200万ドルちょうど」

 三者がハナ差かクビ差で競り合い、優子は100万ドル前後の距離を置き、四番手の位置につけていた。

「ラスト3クーです」

 との良平の言葉に、打ち手たちが黙々とベットを並べる。

 まだ「シークレット・ベット」の使用はなかった。

 さてここからが、「真の勝負」となる。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。