番外編6 闘った奴らの肖像:第1章 第1部 待てよ潤太郎(4)

 元々は高樹町に広大なお屋敷があったというが、わたしと知り合ったころの潤ちゃんは、麻布十番の長屋住まいだった。

 訪ねると、潤ちゃんの父親がよく上り口に腰掛け、ちびた赤鉛筆を耳に挟んで競輪新聞を見入っていた。

 潤ちゃんは、わたしより2歳ほど年長である。

 背丈はわたしと同じくらいだったから、180センチ前後といったところだろう。(わたしは中2で180センチになった)

 柔道をやっていたせいで、潤ちゃんは筋肉質だ。

 ところが潤ちゃんが喧嘩で、柔道技などを繰り出すのを見たことがなかった。

 揉め事が起こりそうになると、いつも、

 ――待てよ、待ってろ。

 と仲間を制し、頭を下げながら相手に近づく。

 こっちは中高生のガキである。相手は不良じゃないかもしれないが怪しげな大人たちだ。

 潤ちゃんはすぐに、ゴメンナサイ、と謝ってしまった。

 ところがゴメンナサイをしながら至近距離まで近づくと、潤ちゃんは飛び出しナイフで、いきなりぶすりと相手を刺した。

 必ず、「不意打ち」だった。

 最初にそれを見たときは、潤ちゃんに、

 ――逃げろ、

 と言われても、腰を抜かしてしまい、動けなかったものだ。

 3回、4回と同じような場面を見てしまうと、そんなものなのか、と慣れてしまう。

 わたしにも観察するだけの余裕がでてくると、潤ちゃんの攻撃における緻密さもわかった。

 狙うのは下腹部だけである。

「うしろからなら、尻を刺して、そこから切り下げるのがいいんだけれど、向き合って太ももなんて狙うと、動脈切っちゃって、死んじゃう場合もあるでしょ。ちゃんと気を遣ってる」

 と潤ちゃんが説明してくれたことがあった。

 へんな言い方かもしれないが、しっかりと考えて、潤ちゃんはヒトの下腹部を刺していたのだ。

 当時は、そして多分いまでも、不良同士の喧嘩なら、重体になるとか死亡でもしなければ、警察に通報されない。不良間の不文律である。

 しかし相手は「怪しげな人」たちかもしれないが、一応カタギの社会人だった。

 潤ちゃんに刺された誰かが、警察に通報したらしい。

 潤ちゃんはある夜、外苑東通りに面した『ハンバーガー・イン』にいたところを、三人の刑事に逮捕されてしまった。

 麻布警察署に留置され、そのままネリカンに送られている。

 ネリカンとは、練馬区にある東京少年鑑別所を意味する。『練鑑ブルース』という歌を聞いたことがある人も多かろう。

「観護措置」4週間の鑑別所送りとなっても、二回目からはアウトになる率は高いけれど、通常初回は家に戻される。

 ところが潤ちゃんは、複数の傷害容疑であり、常習かつ反省の意なし(いわゆる「犯罪傾向が進んだ」)とされて、一発で少年院送致となってしまった。

 初回から、関東の不良少年たちが恐れる久里浜少年院行きだった。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。