共産党を解散させ、プロパガンダも法律で禁止! ウクライナに学ぶ、共産主義を排除する方法

<文/グレンコ・アンドリー『ウクライナ人だから気づいた日本の危機』連載第4回>

ウクライナ共産党会派を解散に追い込む


 前回の記事「ウクライナの非共産化に大きな効果をあげた『レーニン像撤去運動』」で、2014年にロシアがクリミア半島およびウクライナ東部を侵略したことでウクライナが目覚め、レーニン像と記念碑の撤去という非共産化活動が起こったことを述べた。

 非共産化活動のもう一つの大きな動きは、当時ウクライナ国会で会派を持っていたウクライナ共産党の会派が、解散に追い込まれたことだ。

ウクライナ共産党のロゴ


 ウクライナ独立後も、ウクライナにおけるソ連共産党の残党であったウクライナ共産党は、国会議員選挙の度に、連綿と一定数の議席を獲得していた。

 しかし、2014年の政権交代後、新政府を支えた新しい与党が国会議長の指導に従って、国会規則を改正し、共産党が会派を持たないようにし、ウクライナ共産党の会派を解散に追い込んだのだ。

共産主義プロパガンダ禁止法の成立


 それだけではない。その次の段階が最も重要であったと言えよう。それは共産主義のプロパガンダを禁止する法律の成立である。この法律は2015年4月9日にウクライナ国会において議決され、5月20日に大統領に署名され、21日から施行された。

 この法律によって、1917年から1991年まで存在していた共産主義体制そのものが犯罪体制として認定され、その体制やその指導者達は、20世紀の大量虐殺の責任者として認定される。また、共産主義は、基本的人権、平等、自由などを尊重する民主主義国家とは相容れないものであると定められ、その理由で共産主義が禁止される。この法律によって、公的な場で共産主義(及び有名な共産主義者)を賛美すること、共産主義の象徴(ソ連の国旗、赤旗、赤い星、鎌と槌など)を掲げることが禁止された。

 また、この法律によって、それまで行政機関の判断によって行われていたレーニン像の撤去は法的義務となり、撤去が加速化された。更に同じ法律で共産主義及び共産主義者に因んでいる地名、企業名、商品名、団体名なども、改名が義務付けられた。改名が行わなければ、組織の場合は活動禁止、商品の場合は販売禁止が命じられる。当然、共産主義(共産主義イデオロギー、共産主義者の賛美、ソビエト連邦もしくはその一部やその象徴を含む)を綱領や公約に載せる政党は活動停止が命じられ、それを公式な場所で賛美する候補者の出馬が禁止される。

 だからこの法律によって、それまで活動を続けていたウクライナ共産党は、活動停止をするか、改名をするかという選択肢に追い込まれたので、改名せざるを得なかった。今、旧ウクライナ共産党は国会議員を一人も持っていない。

ソ連時代の地名も全て改名


 以前はソ連時代の名残によって、多くの地名が共産主義に因んでいたのである。例えば、ほぼ全ての自治体には、レーニン通りや赤軍通りなどがあった。それらも全て改名された。これも本当に大掛かりなことであった。自治体だけでも、917箇所が改名された。その中、100万人以上が住んでいる都市もあった。自治体の中の通りや広場などの改名も大々的に行われているが、その数は万単位で数える。

 もちろん、地名の改名は、全ての住民に関わることなので、反対論もかなりある。法律で決まっていても、改名のサボタージュをする自治体もある。積極的な親露派、親ソ連派でなくても、単に国家観のない人達からすれば、慣れていた地名の代わりに新しい地名を使うのは面倒だというような人が多い。また、「通りの改名よりも給料をあげろ!」などというような批判をする人もいる。

 しかし、筆者はこの改名は非常に大事なことだと考えている。また、批判を恐れずに、改名に取り掛かった現政権をこの点においては高く評価したい。ロシアとの戦争が起きる前に、このような大々的な改名は全くあり得ないことであったからだ。

 やはり、私見によれば、周りの環境は人間の精神にある程度、影響しているということだ。例えば、自分の住所は「赤軍市、レーニン通り、○○棟○○号室」であり、通勤や通学はカール・マルクス通りを通って向かうのであれば、共産主義に対する拒否反応が生まれにくいし、ロシアがウクライナの敵であるという認識も中々生まれないだろう。だから、反対意見があっても、将来の意識変化のために、地名の改名は英断であると私が思う。

「モスクワ通り」をウクライナ民族主義運動指導者の名前に改名


 余談ではあるが、通りの改名について一つの面白い話がある。かつて、キエフの地名の一つに「モスクワ通り」があった。しかしそれが2016年7月7日に、キエフ市議会の決議によって改名された。「モスクワ」という言葉そのものは共産主義に因んでいないので、先述した反共法の条文に違反していない。だからこのキエフ市議会の決議は反共法の適用としての、一連の改名決議の一つとしたものではなく、それとは別の単独決議である。

 そして改名後これは「ステパーン・バンデーラ通り」になった。ステパーン・バンデーラ(1909-1959)とは、ウクライナ民族主義運動の指導者であり、ウクライナ独立のために生涯をかけた人である。彼はポーランド、ナチスドイツ、ソ連と戦っていた。そして、1959年にKGBの工作員に暗殺された。彼はソ連のプロパガンダによって悪魔化され、ソ連時代にはソ連の最悪の敵として教えられた。ソ連崩壊後でも、ロシア連邦において、バンデーラは憎悪の対象として、宣伝された。またロシアで「バンデーラ主義者」という言葉は「過激な民族主義者」という意味で、極めてマイナスな文脈(人を罵倒する時など)で使われている。

 つまり、ウクライナはソ連やロシアによる、ステパーン・バンデーラを悪魔化したプロパガンダを逆手に取って、「モスクワ通り」を「ステパーン・バンデーラ通り」に改名したのだ。勿論、これを知っているロシア人は怒り狂っているであろう。

 このように、地名や組織名、商品名の改名は形式なものに見えても、実際は心理戦、宣伝戦、歴史戦において重要な役割を果たしている。

 もちろん民主主義国家であるので、現在でも共産主義思想の持ち主を逮捕して、投獄することはできないが、それでも共産党という党名の禁止や共産主義象徴の禁止は、ソ連との絶縁という大きな精神的な意義を持っている。

ウクライナ人の歴史認識の転換


 歴史認識における変化も大きい。それまで、大多数のウクライナ人は自分達もソ連の一員だったという認識を持っていた。

 しかしソ連の後継者であるロシアから侵略を受け、多くの人が目覚め、現在では、ウクライナはソ連に占領されていたという歴史認識が広まりつつある。

 第二次世界大戦の評価も変わった。それまでソ連は善でナチスドイツは悪だったという解釈だった。しかし今はソ連もナチスドイツも悪であり、ウクライナはその二つの化け物の犠牲者だったという史実に基く見解が広まっている。

 特に、先述したステパーン・バンデーラがトップを勤めていた政治団体「ウクライナ民族主義者組織」(ウクライナ語:Організація українських націоналістів)の評価やその武装組織、1942年から1955年までウクライナ独立のために戦っていた民族ゲリラ、「ウクライナ蜂起軍」(同:Українська повстанська армія)の評価が変わってきた。それまでにウクライナ民族主義者組織とウクライナ蜂起軍について、「評価は定かではない」、「良いか悪いか、一概に言えない」という評価は言論空間に主流だったが、今は「ウクライナ独立のために戦っていた英雄達」という評価が確定し、法律でも定められている。

 以上のように、この5年間で、ウクライナは少しずつではあるがソ連の呪縛から脱却しており、共産主義の影響を除去している。まだまだ道半ばだが、脱ソ連、脱共産主義の可能性が見えてきた。

日本はいつまで国内の共産主義を野放しにするのか


 それに対して日本はどうだろうか。日本が受けた共産主義の被害はウクライナと同じく大きいが、その形は違う。ウクライナは直接的な暴力を受けたのに対し、日本は主に謀略や洗脳工作という形で被害を受けている。また、ウクライナのように、記念碑や地名という目に見える形の共産主義の痕跡は日本にはない。しかし、組合など様々な左翼団体は間違いなく共産主義の痕跡と言っていいだろう。また日本の教育界、メディア界や政界に多数存在する共産主義者は、日本を雁字搦めにし、国家発展を妨害している。

 この状況をいつまでも野放しするわけにはいかない。だから日本もウクライナと同じく共産主義の排除を行うべきなのではないだろうか。ウクライナは思想弾圧のために非共産化を行っているのではない。今まで想像を絶するほどの被害を受けていることが、非共産化の理由である。

 日本もウクライナと同様に被害者であるから、非共産化を行う合理的な理由はあると言える。非共産化に対する理解が日本社会に広まるには、先ず日本がどれほど共産主義に苦しめられたかという事実を国民に知ってもらわなければならないと思う。

 それを知った上で、ウクライナが受けた被害と現在ウクライナで行われている非共産化の政策もある程度参考になるのではないかと思う。史実を知れば、非共産化政策に反対する人はさほど多くなくなるだろう。極悪非道の共産主義イデオロギーに終止符を打つ時が迫っているのではないだろうか。

【グレンコ・アンドリー】
1987年ウクライナ・キエフ生まれ。2010~11年、早稲田大学へ語学留学で初来日。2013年より京都大学へ留学、修士課程修了。現在、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程で本居宣長について研究中。京都在住。2016年、アパ日本再興財団主催第9回「真の近現代史観」懸賞論文学生部門で「ウクライナ情勢から日本が学ぶべきこと――真の平和を築くために何が重要なのか」で優秀賞受賞。月刊情報誌 『明日への選択10月号』(日本政策研究センター)に「日本人に考えてほしいウクライナの悲劇」が掲載。





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