ウクライナはロシアにガス代を滞納していない!? ウクライナvsロシアのガス紛争の真実

<文/グレンコ・アンドリー『ウクライナ人だから気づいた日本の危機』連載第8回>

ウクライナvsロシアのガス紛争


 日本のメディアでは、ウクライナとロシアの二国間のガス問題について、断片的な報道がなされ、そのために誤解や事実と違った認識を持つ人が多い。日本では今でも、「ウクライナはロシアに対してガス代を滞納している」「ウクライナはロシアのガスを抜き取っている」というロシアのデタラメなプロパガンダを信じる人が多い。

 ヨーロッパでは、これが嘘であることがすでに明らかになっているのに対し、日本ではまだロシアの嘘が信じられている。このような間違った認識は、ロシアが直接に流しているプロパガンダの影響もあるだろうが、やはり日本の報道機関による誤解を与えてしまうような断片的な報道が大きな原因である。

 この誤解を解くために、ごく簡単ではあるが、ウクライナとロシアの間で起きているガス問題について説明したい。最初に注意しておきたいのは、法律上、ガス争いの当事者はウクライナの国営企業「ナフトガズ」とロシア国営企業の「ガスプロム」であるが、事実上この問題は国家全体が関わる大きな問題なので、便宜上、争いの当事者として国名を使うことにする。

天然ガスの生産・供給において世界最大の企業であるロシアの「ガスプロム」。ロシア政府が50.23%の株式を保有する半国営の天然ガス独占企業である。


ストックホルム国際仲裁裁判所の判決(2018年2月末)


 2018年2月末、ストックホルム国際仲裁裁判所によってこの問題について最終的な判決が下された。先ずは判決の趣旨を簡単に紹介しよう。

① ウクライナはロシアに20億ドルのガス代を支払わなければならない。

② ロシアはウクライナに46億ドルのガス輸送代を支払わなければならない。

③ ウクライナは契約の期限が終了するまで(2019年末)ロシアから決まった量のガス(年間最低40億立方メートル)を買わなければならない。

④ ロシアはウクライナに、契約の期限が終了するまで(2019年)、契約で決められた料金でガスを売らなければならない。


 ①②を見れば明らかなように、実際はウクライナがガス代を滞納していた金額より、ロシアがガス輸送代を滞納していた金額のほうが大きかったからである。言い換えれば、ロシアはウクライナに対して借金をしていたということである。

 以上の判決によって、20億ドル分が相殺されるので、事実上、ロシアはウクライナに対して26億ドルを支払わなければならない。この20億ドルの滞納が生じたのは、ウクライナが悪意で支払っていなかったからではなく、ロシアの暴挙を受けて、支払うつもりだったガス代の振込みを一旦止めたからである。

 なぜかというと、2014年にロシアがウクライナに領土侵略を犯すと同時に、急にガス料金を吊り上げたためである。それに対して、ウクライナは料金が契約で決まっているので、通常通りの料金で買うと答えた。だが、それに対してロシアは契約を無視しガス供給を止めたのである。

 つまりロシアがガス供給を止めた理由は、ウクライナのガス代の滞納ということではなく、契約で決められていない高い料金でガスを買うことをウクライナが拒否したからである。
 
 ガスが止められて、ウクライナはこの暴挙を看過できないということで、争いが解決されるまで、2014年前半に消費したガス代の支払いをいったん見送ると同時に、ストックホルム国際仲裁裁判所にロシアを起訴した。ガス売買について問題がある場合、それをストックホルム国際仲裁裁判所で解決しなければならないということが契約で決められており、それに基づいてウクライナは起訴したのである。

 因みに、この裁判所を仲裁機関として定めるのは、契約を結ぶ時のロシア側の条件だった。だが、この裁判の判決が下され、ウクライナが2014年に支払いを見送った金額の2倍以上に、ロシアはウクライナに対して借金していることが分かった。

ロシアは支払い拒否、ガス供給拒否、契約破棄の暴挙


 この裁判の判決を受けてウクライナは、③の通りロシアから後2年間ガスを買わなければならない。そこで、ウクライナはガス代を前払いで振り込んだ。

 しかしなんとロシアは自ら指定した裁判所の判決の履行を拒否して、26億ドルの輸送代の支払いをしないと発表したのだ。そして、裁判で決められた残り2年間のガス供給も拒否し、同時に有効期限がまだ2年ある契約の破棄を宣言した。

 本稿を執筆している時点で、この判決から既に9カ月経っているが、ロシアは依然として判決の履行を拒否している。それに対してウクライナは、ロシアを訴え、新たな裁判を起している。この裁判は長年続くだろうから、履行拒否に対する判決が下るまでまだまだ時間がかかるであろう。

 しかし、一部の国においては現時点で既にウクライナの提訴で判決が出ており、支払いを拒否しているガスプロムの財産差押えが決定している。これもまた、判決から実際に財産が没収され、ウクライナへ引き渡されるまでに時間がかかるであろう。

 だが重要なのは、2018年の判決に基づいて、ヨーロッパ諸国では既に新たな判決が出ているということである。つまり、ストックホルム国際仲裁裁判所の判決は正当であり、ウクライナは正しいという認識がヨーロッパで広まっているということだ。

 当然ロシアは、判決の履行を拒否している。その理由は、単純に敗訴したからである。もし仮にロシアが勝訴したとすれば、堂々とそれを叫んで、ウクライナに判決の履行を強く要求しただろう。しかしロシアが敗訴したので、「裁判は不当だ」と主張している。したがって、ガス供給再開の拒否というのは、ロシアによる一方的な暴挙であると言えよう。

ロシアのガス紛争のシナリオに屈しなくなったウクライナ


 歴史を振り返ると、ウクライナとロシアのガスをめぐる争いは、今回で3回目である。2006年、2009年、そして2014年から現在までに至る争いである。争いの勃発は毎回、同じシナリオで起こっている。

A.まずはロシアがその時点で有効な契約で定められたガス代を一方的に吊り上げて、新しい料金の支払いを要求する。

B.ウクライナは、契約で決められた料金での支払いを主張し、新料金での購入を拒否する。

C.それに対してロシアがガスの供給を停止し、ウクライナを追い込もうとする。


 3回とも同じシナリオなのだが、2006年と2009年の時、ガスを止められたウクライナは、最終的に圧力に屈し、不当に要求する新料金の支払いを認め、本来不要な契約改定に調印せざるを得なかった。しかし、2014年の場合は、ガスが止められても自らの立場を貫き、その正当性を仲裁機関に訴え、結果として勝ったのである。

 ロシアの行動は様々な面で到底容認できないものだが、特に注目したいのは現在有効である契約は、2009年に締結されたものだということである。つまり、この契約も2009年のガス紛争の結果として、ウクライナがロシアの要求を一方的に呑んだような、極めてロシアにとって有利な内容の契約なのである。このように自らが一方的に押し付けた契約ですら、ロシアは時間が経てば平気で破り、更に悪い条件でガスを売ろうとしているのだ。

 日本のみなさまからすれば、この問題は対岸の火事のように見えると思うが、少なくとも本稿をお読みいただいた読者が、「ウクライナはガス泥棒だ」という主張が嘘であること、そしてロシアはガスを軍事力と同じように威嚇の道具として使っていることに、一人でも多くの人が気づいてくれれば幸いである。

【グレンコ・アンドリー】
1987年ウクライナ・キエフ生まれ。2010~11年、早稲田大学へ語学留学で初来日。2013年より京都大学へ留学、修士課程修了。現在、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程で本居宣長について研究中。京都在住。2016年、アパ日本再興財団主催第9回「真の近現代史観」懸賞論文学生部門で「ウクライナ情勢から日本が学ぶべきこと――真の平和を築くために何が重要なのか」で優秀賞受賞。月刊情報誌 『明日への選択 平成30年10月号』(日本政策研究センター)に「日本人に考えてほしいウクライナの悲劇」が掲載。





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