このままでは日本はウクライナの二の舞になる! ロシアの侵略を招いたウクライナの教訓

<文/グレンコ・アンドリー『ウクライナ人だから気づいた日本の危機』連載第17回>

「平和ボケ」していたウクライナ国民


ウクライナのヤヌコビッチ元大統領



 前回の記事では、ウクライナがソ連から独立した際、強い軍隊を受け継ぎ、核兵器までも保有したにもかかわらず、それらの多くをあっさりと手放してしまったことを述べた。そこには、米露の圧力や、ウクライナの財政の問題があったが、軍の腐敗や堕落も甚だしいものがあった。

 では、なぜウクライナの軍隊は腐敗したのであろうか。最も大きな原因は、指導層や国民の多くが軍の重要性を分からなかったということである。

 つまり、ウクライナ社会はその時完全に「平和ボケ」してしまったのだ。当時、国民に広まっていた考えは以下のようなものであった。「軍は金がかかるだけ」「これからは平和の時代だ。戦争が起こるはずがない」「そもそも戦う相手がいない」と。

 だから、ウクライナ軍がだんだん衰退していくという状態について、ウクライナ国民が声を上げなかった。もし国民が声を上げれば、軍はここまで酷い状態にならなかっただろう。しかし、実際は軍を立て直さなければならないという一部の愛国者の訴えに、ウクライナ社会は耳を傾けようとはしなかった。

 陸続きでロシアのような大国があるのに、なぜウクライナ人は平和ボケしてしまったのか、と疑問に思う日本人が多かろう。しかし、ウクライナ人の平和ボケにはちゃんと理由があるのだ。

 一つは1990年代の経済危機だ。ハイパーインフレが起き、国民の生活は非常に苦しくなった。明日食べるものに困っていた国民は生活を維持することで精一杯だったので、国防や安全保障などを考える余裕はなかった。

 二つ目はソ連の教育の影響だ。その教育では、ソ連を愛し、ソ連を守らなければならない、ソ連に忠誠を尽くし、ソ連に対して愛国心を持たなければならないというように教えられた。そのような教育を受けた人が、ソ連が崩壊した後、忠誠を尽くす対象を失った。だから国を守る意思がなかったのだ(詳細については改めて述べたい)。

 しかし、主因はこの二つではない。もう一つの原因こそ最大のものであろう。それが先ほどから述べている、ウクライナの国民が「平和ボケ」していたということである。

「平和ボケ」はどの国家にも起こりうる


 日本人の一定数は、戦後の日本を「平和ボケ」と認識していると思われる。彼らは「平和ボケ」は日本独自の現象だと思っている。しかし、そうではない。平和ボケとはどの国、どの社会にでも起こり得る現象なのである。

 現に西ヨーロッパの国々は平和ボケしている。ウクライナも1991年から2014年まで完全に平和ボケをしていた。

 平和ボケとは、平和が長く続くと自然に現れてくる現象である。分かりやすい例が自然災害である。自然災害に対する警戒心は、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」がごとく、最後の災害からの年月が経つに連れて、なくなっていくものである。

 同じように、最後の戦争から年月が経って記憶が薄れるに連れて、一般国民はだんだん防衛や安全保障について考えなくなり、軍隊のことを金の掛かる過去の産物と思ってくるのだ。

 だから、国民が平和ボケをしないように、国家や言論人は常に働きかけをしているのだ。教育やマスコミなど、さまざまな情報発信や啓蒙活動を通して、防衛体制をしっかり整えて、国を守ることは大事だということを国民に教えている。これは言わば、平和ボケを防ぐ「予防接種」のようなものだと考えたらいいかもしれない。

 このような国民の平和ボケを防ぐ啓蒙活動を、ウクライナ政府はまったくしなかったのだ。なぜなら、指導層そのものが無能であり、完全に平和ボケしていたからだ。このような状況であったから、ウクライナ国民が平和ボケしてしまったことは、むしろ当然であろう。

ロシア人を防衛大臣に据えたヤヌコビッチ大統領


 しかし、それでもウクライナ軍はここまで酷い状態になった理由は、平和ボケによるほったらかしにされたことだけではない。サボタージュもあった。つまり、無能である故にウクライナ軍を壊していた人が多かったが、一部、ウクライナの防衛力をなくすために意図的に軍を壊していたロシアの工作員もいた。

 特に2010年から2013年までの間は最も酷かった。その期間は親露売国奴のヤヌコビッチ政権であった。2010年2月に当選したヤヌコビッチ大統領は少しずつウクライナ国家破壊政策を実行した。

 なんとヤヌコビッチ大統領は、防衛大臣にロシア人を任命したのである。「ロシア人」とは揶揄ではない。当時の防衛大臣は、正真正銘ロシア出身のロシア人だった。彼は、ウクライナ防衛大臣に任命された後でも、ロシア国籍を持っていた。彼は2014年の政権交代の後、ロシアへ逃亡した。そしてロシアがクリミア半島を占領した時に、モスクワ=クレムリンでのクリミア編入を祝う式典に出席した。彼がロシア国籍を放棄していなかったことは、逃亡後発覚した。明らかなロシア工作員がウクライナ防衛大臣を努めたのだ。

 このような人を防衛大臣を任命する大統領とはどういう人か、想像が付くだろう。この4年間の売国政権の間は、それまでに無秩序に起きていたウクライナ軍の衰退が、意図的に軍の解体に変わった。あの売国政権は、ロシアの指示を受けて、ウクライナの防衛力を削いでいたのだ。

無防備にされたウクライナ軍


 以上のような経緯で、ウクライナは完全に無防備になってしまった。無防備になったところでウクライナはロシアに攻撃され、領土が占領され、戦争になってしまった。

 この戦争は、ウクライナ軍が衰退したからこそ可能になったものである。もしウクライナが少しでも戦力を残しておけば、この戦争は起きなかったであろう。ロシアが、ウクライナは反撃できないと確信していたからこそ、侵略を強行したのだ。これは単純明快な理屈である。

 残念ながら、ウクライナ軍とはウクライナを征服したい汚らわしい侵略者の触手から国や国民を守れる唯一の盾であることは、戦争になってから明らかになった。

 2014年の政権交代後、新政府は急いで軍の建て直しを実行し始めた。防衛予算は2倍増えて、兵隊の数は半分に増えた。訓練が定期的に行い、汚職はできるだけ減らして(まだまだ汚職は多いのだが)、装備の充実と新兵器の導入などが始まった。

 しかし、戦争になってからでは遅い。大きな犠牲を払って、戦いながら立て直さなければならない。このことを平時の内にやっておけば……と嘆くしかない。

日本国憲法を忠実に守ればウクライナのようになる


 それでは、このウクライナの状況を見れば、日本はどのような結論を出すべきであろうか。よく考えればウクライナによる軍縮や軍事軽視は、日本の左翼(またはいわゆる日本型リベラル)が主張している、「平和主義」そのものではないか。

 日本の左翼などのニセ「平和主義者」が、「武装さえしなければ戦争にならない」や、「こちら側は武装しているからこそ、それは相手側を刺激して、相手側も武装する。そして軍拡競争が始まる」などと主張している。まるで、こちら側は非武装のままでいれば、相手側も武装解除するかのように。

 しかし、このような価値観は、平和思考が強くて戦争を嫌っている民族や国家同士でしか成り立っていない理屈なのだ。実際は日本の周りに、中国やロシア、北朝鮮や韓国がある。その中で、韓国とロシアは、既に日本の領土を何十年も不法占領している。また中国は日本に対して不当な領土主張をしているだけではなく、日本全体を支配しようと、さまざまな工作をしている。近年の中国の軍事予算増加や軍拡はご存じのとおりであろう。またはあの弱小のはずの北朝鮮ですら、数百人の日本人を拉致して、その事実すら否定している。そして弾道ミサイル発射で日本を脅しているのだ。

 このような国々に囲まれた日本が「相手を挑発する」というのか。日本国憲法には「平和を愛する諸国民」という言葉が有名だが、私が思うに、「特に、平和をめちゃくちゃ大好きな諸国民が日本の周りに絶妙に揃っている」ということなのだ。

日本の平和主義は中国、ロシア、北朝鮮の侵略欲を高めるだけだ


 冗談はさておき、現実問題としては、仮に日本が丸腰になっても、それは相手側(中露朝)の軍事拡大路線に一切影響がない。日本は武装しようが武装解除しようが、相手側の軍事政策とは関係ないのだ。

 ただし、日本は自分の振る舞いによって、中露朝の軍事政策に影響を及ぼせないのだが、自分の振舞いで彼等の対日行動に影響を及ぼすことができる。寧ろ、中露朝の対日行動は日本次第といっていいほどである。もし日本はこのまま軽武装政策を進み、軍事力を強化せず、「相手側を挑発しない」路線でいけば、中露朝が日本への侵略の欲望が高まるだろう。そして、日本で戦争が起きる可能性が高くなるのだ。それは正にウクライナとロシアの間に起きたことだ。

 つまり、先述した構造とは、机上の空論でも、屁理屈でもなく、今現在、ヨーロッパで起きていることなのだ。だからこそ、反論しようがない。

 もし、日本の偽「平和主義者」が軍事力強化に反対するのであれば、一言、「ウクライナを見ろ」というべきであろう。ウクライナの事例は単純明快であるので、少しでも論理的に考えられる人であれば、誰でも分かるであろう。

 ウクライナの事例で分かるように、戦争を防ぐ最大の措置とは軍事力である。軍事力こそが最大の抑止力であり、一国の軍事力が強ければ強いほど、その国が攻撃される可能性が低くなる。

 だから、平和を維持し、戦争を防ぎたいのであれば、軍事力を強化するしかない。ウクライナでは戦争になってしまったが、日本は同じような悲惨な目に遭わないことが、私の切なる願いである。

【グレンコ・アンドリー】
1987年ウクライナ・キエフ生まれ。2010~11年、早稲田大学へ語学留学で初来日。2013年より京都大学へ留学、修士課程修了。現在、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程で本居宣長について研究中。京都在住。2016年、アパ日本再興財団主催第9回「真の近現代史観」懸賞論文学生部門で「ウクライナ情勢から日本が学ぶべきこと――真の平和を築くために何が重要なのか」で優秀賞受賞。月刊情報誌 『明日への選択 平成30年10月号』(日本政策研究センター)に「日本人に考えてほしいウクライナの悲劇」が掲載。





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