「ガチンコ」に「シュート」など。プロレスの隠語はどうやって生まれた?

プロレスの隠語はどうやって生まれた?『プロレス講座・第46回』は、プロレス用語、とくに知らないで使うとものすごく恥ずかしい専門用語、誤って使われることが多い“隠語”のたぐいについて考えてみたい。

 いちばん最初にきっちりと定義しておかなければならない単語は、やっぱり“ガチンコ”だろう。

 ガチンコという単語はもともと相撲の専門用語(あるいは隠語)であったものが一般名詞としてアダプトされたものである。

 語源は力士と力士がぶつかり合うときの“ガチッ”という衝撃音といわれる。広辞苑(第六版=岩波書店)で“がちんこ”を引いてみると「相撲で、真剣勝負。広く、正面から本気で対決することにもいう」とあるが、明鏡国語辞典(大修館書店)には“がちんこ”という単語そのものが載っていない。

 “プロレスの父”力道山が大相撲の慣習や伝統的なしきたりの多くをプロレスの世界に持ち込んだため、相撲界の専門用語・隠語がそのままプロレス界の専門用語・隠語に化け、結果的にお相撲さんの生活習慣やしきたりが昭和のプロレスラーの生活習慣やしきたりを決定づけた。

 力道山の死から半世紀が経過している現在でも、相撲用語をルーツに持つプロレス用語の多くがそのままの用法、相撲社会の通念のまま使われている。

 プロレスの道場には兄弟子(先輩)がいて、弟弟子(後輩)がいて、新弟子(練習生)がいる。日本のプロレスをよく知るアメリカ人レスラーの多くは、先輩Senpai、後輩Kohaiをそのままの発音で英語にアダプトしている。無理やりアメリカ英語に訳すとしたら、先輩はメントアMentorで、後輩はプロトジェーProtegeとなる。

 ケイコのあとの食事は、それが鍋物であってもそうでなくても、みんなでいっしょに食べるごはんはチャンコだ。“ごっつぁん”“ごっちゃん”には「ごちそうさま」だけでなく「ありがとう」という意味もある。

 “北向く”はヘソを曲げること、腹を立てること、すねること。“シカきめる”“シカかます”は知らん顔をすること、無視すること、とぼけること。“シカ”の語源は、花札の“猪鹿蝶(いの・しか・ちょう)”の“鹿”が知らん顔をしてよこを向いているためといわれている。

 “しょっぱい”は(相撲が)弱いこと、ヘタなこと、ケチくさいこと。“食らわす”は殴ること。”手が合う”は仲がいいこと。“盆中(ぼんなか)”はおたがいに気を利かせること。

 “ヤマいく”は病気やケガをすること。“金星”は美人で、“星”は恋人。“ヨカタ(外方、世方)”は業界人や関係者ではないではない一般人を指す。

 隠語ではないけれど“一枚上手(いちまい・うわて)”“まだ序の口”“肩すかし”“勇み足”“わきが甘い”“押し切る”“仕切り直し”“痛み分け”といったフレーズの数かずは相撲用語が日常語に変換された口語表現である。“ガチンコ”もこのグループにカテゴライズされる単語ととらえていい。

 カタカナのプロレス用語でいちばん誤用が多いのは“ハイスパートhigh spot”という外来語だろう。

 ハイスパートを――インタビュー内のコメントとして――最初にカタカナに変換したプロレスラーは長州力で、長州自身がみずからのレスリング・スタイルをハイスパートあるいはハイスパート・レスリングと形容したため、長州スタイルのプロレスとハイスパートなる単語がほとんど同義語のようにとらえられるようになった。

 じっさいは、ハイスパートhigh spotとは、派手な大技や合体殺法をくり出す“場面”“タイミング”“見せ場””のことで、あるひとつのレスリング・スタイルを意味するものではない。

 “High spot”をカタカナに直訳すれば“ハイ・スポット”になるはずだが、長州はアメリカ英語の“ハイスパー(ット)”の発音をそのまま日本語に変換し、それが新語・造語として定着した。

 あまり聞きなれない英単語がやや誤った発音のままカタカナ語として定着してしまったものにはニール・キックやトラース・キックのような例もある。

 ニール・キックはスピニング・ヒール・キックspinning heel kick(回転カカト蹴り)、トラース・キックはスラスト・キックthrust kick(突き蹴り)がそれぞれ正しい名称だが、スピニング・ヒール・キック、スラスト・キックをそれぞれ3回くらいつづけて発音してみるとニール・キック、トラース・キックというカタカナ的発音に“変音”するのがわかる。

 ネット世代のプロレスファンがよく使う隠語(とされるもの)のなかでいちばん誤りが多いのは、ブックあるいはブッカーという単語だろう。

 プロレスにはシナリオ、脚本があると信じているファンはよく「だれがブック(脚本)書いた?」「あれはブック破りだ」という表現を使うが、これは明らかに誤用だ。

 プロレス用語として使われるブックは名詞ではなくて動詞だから、ブックbook(―を手配する、―を記載する、―を記録する、―を契約する)、ブックトbooked(過去形)、ブッキングbooking(現在分詞・動名詞)、人間を指す場合はブッカーbookerという変換になる。

 ガチンコは相撲用語、または相撲の隠語から派生したプロレス用語ということになってはいるけれど、日常語に変換されたガチンコは相撲用語でもプロレス用語ではない。ガチンコとは、当事者=競技者ではなく、あくまでも第三者=観客の視点である。

 ガチンコとは――逆説的ではあるが――ガチンコとガチンコでないものが共生・共存しているなかで初めてガチンコたりえる。

 相撲のなかにはガチンコとガチンコでないものが同時に存在してきた。プロレスにもシュートShootと呼ばれるものとワークWorkと呼ばれるものが同時に存在していて、それがプロレスをプロレスたらしめている。ガチンコを求める目は、プロレスを観るたくさんのまなざしのなかのひとつにすぎないのである。

斎藤文彦

斎藤文彦

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

※「フミ斎藤のプロレス講座」第46回

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