第498回

9月9日「自分の脳波をみる」

・メルマガをやってみないかという話を立て続けに頂いて、ありがたく思っている。僕は当面やるつもりはないけど、小説以外の長い文章も読んで頂けるニーズがあるなら、どんどん書くべきだと考えた次第。取っかかりとしてツイッターで短くつぶやいてみて反響があったテーマについて、この場所(『日々是コージ中』)で、改めて長く書き直していきますね。

・今日は、脳波の話。ちょっと前のことになるけどニコニコ生放送の番組『ゲームのじかん』にて、出演者全員『necomimi』を装着した状態で『人狼ゲーム~牢獄の悪夢~』をプレイしたことがある。脳波で動く頭上のネコミミをお互いに見ながらのだましあいが、なかなか面白かった。

・それ以来この『necomimi』でいろいろに遊んでみている。「集中」モードでネコミミがピンと立ち、「リラックス」モードでくたりと寝る。けど集中してても緊張しすぎるとよくないし、リラックスしても寝ちまったら意味ないわけで。この二つを両立させた状態の「ゾーン」というモードがあり、両耳が激しくぱたぱた動く。我を忘れて何かに没頭してる瞬間だ。例えば囲碁の達人が盤面に集中している時や、天才ピアニストが演奏に集中している時の状態だ。このサイコーの状態を意図的に作り出す訓練を、このツールで、無意識のうちに、やってけるわけである(僕の場合、ある匂いを思い出すことで割と簡単にゾーンに入ることがわかった)。

・ごく普通の日常の中で脳波を取るという試みが可能になったのは1990年代初頭のことだ。『necomimi』は、あの頃ビジョナリスト達の間で思い描かれていたイメージが現実化した、そんなSF的ツールの一つに思える(当時のことは『モニター上の冒険』という本の中で書いたのだけど、絶版で、僕の手元にもない)。

・1980年代すでに、ドラッグやコンピュータの脳への影響を客観的に調べるために、脳波計を使う試みは始まっていた。しかし脳波を取るために、電波干渉のないセッティングと、微弱電流を走査するための大型システムが必要だった。地下の閉鎖実験室で、頭を剃り上げた被験者の頭部に針を刺さなくてはと言われたものだ(そんな状況下では被験者の気持ちはすでに乱れているわけで、普通の脳波がとれるわけがない)。

・1990年頃、僕は超能力の勉強にはまっていた。その過程で、東海岸のUFO コンタクティーグループがチューニングのために面白い脳波測定器を使っているという情報を得た。『イーバ(IBVA)』だ。前頭葉に発生する電流の周波数に注視し、ただしそれについては極めて正確にサーチすることによって、パーソナルコンビュータ(MAC) とヘッドバンドだけで、驚くほどリアルな脳波測定を可能にしたツールである。

・イーバの発明者は加畑将裕氏という日本人の学者だった。加畑さんはニューヨーク在住だったが、その方面の人々から紹介してもらい、来日した折にアポイントをとることができた。日本大学の研究室に呼び出されて、その場所の設備でこのマシンを体験させてもらった。その時、加畑さんから、MITから戻られたばかりの杉山さんという学者さんを紹介された。このイーバの機能について、可能性について、二人から詳しいレクチャーを受けることができた。

・イーバのすばらしさは、刻一刻と変化する自分の脳波を、まるで鏡で自分の表情を見るように、画面上で、立体の、フルカラーの「波」として確認できることだ。気持ちが変化すると、波も、生きているようにうねうねと動く。そしてそのデータをウォークマンのような携帯機で音声データとして収録しておくこともできた。一日つけっぱなしにしておいて後からデータを再生すると、何時何分頃、どこにいて何をやっていた時はこんな脳波だった、というようなことが確認できるのだ。あの人と会っていた時はとても悪い脳波だった、ということは自分はあの人のことを本当は嫌いだったのだ、とか。そういうことが確かめられるわけである。

・鏡を見ながらいろいろな表情を試してみるように、画面の波を見つめながら、自分の脳波をコントロールするトレーニングもできる。落ち着いたり集中したりすることだけではない。例えば、オーガズムの瞬間の脳波をとっておいて、その波の状態を意識的に再現することができるようになれば、いつでも、どこでも、脳内だけでオーガズムを感じることができるようになる。

・さて杉山さんは長髪のヒッピー風の若者で、コンピュータやネットについての知識がとんでもなく豊富だった。かつ人格者で、イーバのことだけでなくパーソナルコンビュータやネットワーク、そして当時マルチメディアという言葉で語られていたデジタルコンテンツの様々な可能性について、とてもエキサイティングな話を聞かせてくださった。その杉山さんが、後のデジタルハリウッド大学長、杉山知之さんだ。

・当時はニューエイジ・ムーブメントの延長にマッキントッシュ文化を捉える人々も多くいて、加畑さんはそういう人達の間のカリスマだった。さて今はどうしておられるのだろうと検索してみたら、ご健在だった。当時から主宰されていたサイキック・ラボという拠点で、研究を続けられている。『イーバ』もきっちりバージョンアップし続けておられるようである。

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。