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トランプが政治プロパガンダに取り入れた「プロレス的手法」

 “不動産王”ドナルド・トランプがアメリカの大統領選挙の共和党指名候補争いで首位を独走している。トランプが掲げる選挙スローガンは「アメリカを再び偉大な国に!Make America Great Again!」で、その放送倫理すれすれ――じっさいには明らかな差別発言――の暴言スピーチが困った人気を集めている。

ドナルド・トランプ公式サイトより

ドナルド・トランプ公式サイトより

 日本でもにわかに知名度が高まりつつあるトランプは、じつはプロレスファン、とくにアメリカン・プロレスのファンにとってはWWEの登場人物としてかなりまえからその存在を知られているビリオネアー=億万長者である。

 トランプとWWE、というよりもトランプとビンス・マクマホンWWEオーナーのディープな関係のプロローグは、いまから28年まえの1988年までさかのぼる。

 WWEはプロレスの祭典“レッスルマニア”の第4回大会(1988年3月27日=ニュージャージー州アトランティックシティー)、第5回大会(1989年4月2日=同)をトランプがオーナーのトランプ・プラザで開催した。メインイベントは2年連続でハルク・ホーガン対“マッチョマン”ランディ・サベージの黄金カードで、この時代のトランプのニックネームは“不動産王”ではなくて“カジノ王”だった。

 トランプとビンスのセレブな友情ストーリーはその後もつづき、それから18年後の“レッスルマニア23”(2007年4月1日=ミシガン州デトロイト、フォード・フィールド)では“バトル・オブ・ザ・ビリオネアー(億万長者の対決)”と題し、トランプがボビー・ラッシュリー、ビンスがウマガをそれぞれ“指名選手”として代理に立て“敗者髪切りマッチ”で対戦。

 トランプの“指名選手”ラッシュリーがビンスの“指名選手”ウマガを破り、敗者となったビンスが8万人の大観衆のまえで丸坊主にされ、これがアメリカじゅうのマスメディアにニュースして報道された。

 さらにWWEのプロレス殿堂“ホール・オブ・フェーム”の2013年度授賞セレモニー(2013年4月6日=ニューヨーク、マディソン・スクウェア・ガーデン)では、トランプがセレブリティー部門でプロレス殿堂入りを果たした。

 この“ホール・オブ・フェーム”授賞セレモニーでインダクターをつとめたビンスは、お祝いのスピーチで「ミスター・トランプはわたしの友人。彼はプロレスファンであり、ここマディソン・スクウェア・ガーデンにも何度も試合を観戦に訪れている。わたしと彼にはいくつかの共通点がある。ふたりとも父親のあとを継ぎ、革命的なビジネスマンとして会社を大きくした。ふたりとも巨大な自我=エゴの持ち主であり、ハンサムで、自分の“髪”をなによりも大切にしている。わたしはイヤなことはすぐ忘れます。遺恨は残しません。彼とはいまでも友だちです。彼はアメリカ合衆国大統領にだってなれる人物です」とトランプについて語った。

 ビンスがトランプを“大統領にだってなれる人物”と評したのは、もちろんビンスからトランプへのパーソナル・レベルでの最大限のリスペクトを意味するものだったが、トランプはそれから2年後、ほんとうに大統領選に出馬してしまった(2015年6月16日)。

 ビンスが語った“ふたりの共通点”というのは事実で、1945年生まれのビンスは父ビンス・ジェームス・マクマホンの、1946年生まれのトランプは父フレッド・トランプのあとを継ぎ、その事業を巨大化させたアメリカン・ドリームの体現者。ふたりとも根っからのニューヨーカーで、ビンスはアメリカのみならず世界のプロレス界の“王様”となり、トランプはアメリカ屈指の“不動産王”“起業王”となった。

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もうひとつの大きな共通点

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