力道山の命日を前に、映画『力道山』を再評価する
―[フミ斎藤のプロレス講座]―
12月15日は“プロレスの父”力道山の命日である。いまから52年まえ、1963年(昭和38年)のこの日、暴漢に刺された傷の治療のため東京・赤坂の山王病院に入院していた力道山が腸閉そくを併発して死去した。ベッドの上で豪快に飲みほした炭酸飲料水が直接の死因だったとする説もある。享年39ということになっているが、年齢については諸説がある。
力道山の命日をまえに、映画『力道山』(ソン・ヘゾン監督)をもういちど観てみた。この映画が韓国で最初に公開されたのは2004年(平成16年)12月で、日本でロードショー公開されたのが2006年(平成18年)3月。そんなに昔の映画というイメージはないが、制作からすでに10年の時間が経過している。
映画『力道山』は、日本を描いた韓国映画である。舞台は第二次世界大戦下の1944年(昭和19年)から東京オリンピックの前年の1963年(昭和38年)までの日本。
登場人物のほとんどは日本人だから、映画のなかの言語は日本人がふつうに話す日本語だ。韓国で公開されたオリジナル版には日本語の画面にハングルの字幕スーパーがつき、再編集された日本公開版(と日本国内で発売されたDVD)には韓国語と英語のシーンのみ日本語の字幕がつけられている。
プロレスファンにとっては力道山の半生を描いた実録ものということになるし、プロレスファンではないオーディエンスにとっては、力道山をひとつのフィルターにして朝鮮半島から“遠い日本”をながめた、どちらかといえば政治色の濃い映画ということになるのかもしれない。
“プロレス”というキーワードをいったん解除すると、スクリーンのなかは韓国のスター俳優、ソル・ギョングによるソル・ギョングのためのソル・ギョングの世界になっている。役づくりのために体重を28キロも増やし、日本語を学び、身も心も力道山に変身したソル・ギョングの演技は鬼気迫るものがある。
ドキュメンタリー作品ではなくあくまでもドラマ=物語だから、登場人物のキャラクター設定と役名、場所と時間には映画としてのフィクションがちりばめられている。
力道山が大相撲時代に在籍した二所ノ関部屋は“二所ノ山部屋”。力道山の最初の妻・文子は“綾”。柔道の鬼・木村政彦(船木誠勝)は“井村昌彦”。元横綱・東富士(橋本真也)は“東浪”。しかし、ハロルド坂田(武藤敬司)、遠藤幸吉(秋山準)、豊登(モハメドヨネ)、大木金太郎、シャープ兄弟(マイク・バートン&ジム・スティール)らはなぜか実名のままになっている。
映画のなかで力道山は相撲協会の理事会(?)の席でマゲを切り落としているが、じっさいは断髪の場所は東京・日本橋の自宅の台所だった。関取時代にすでに誕生していた長男・百田義浩、次男・百田光雄はこの映画には登場しない。
力道山の後見人“菅野武雄”のモデルは、新田新作・明治座社長だろう。日本プロレス協会発足までのあらましを描くシーンでは、力道山と裏社会の関係ばかりが強調されている。この映画が公開された当時のプレス配布用の資料には「この作品は史実を参考に、内容には独自の解釈による創作を加えて製作されています」という注釈が記載されていた。
プロレスの試合シーンはひじょうにていねいに撮影されている。道場(らしき場所)に殴りこんできた力道山にハロルド坂田がケイコをつける場面では、武藤敬司が演じる坂田のドロップキックが画面いっぱいに美しいストップモーションになる。
力道山対木村政彦の“昭和巌流島の決闘”は、木村の疑惑の急所攻撃、力道山が戦意喪失した木村の顔面を何度も蹴り上げる問題のシーンが忠実に再現されている。船木誠勝が演じる“井村”は、実在の木村がそうだったように素足でリングに立っていた。
“東浪”役の橋本真也は大銀杏のマゲと紋付きの着物姿がとても似合っていたが、この映画が日本で公開されるよりも先にこの世を去ってしまった。力道山&“東浪”対アトミック&ファウルマンのタッグマッチの試合シーンでは、橋本対リック・スタイナーというめずらしい顔合わせが実現している。
秋山準とモハメドヨネが演じる遠藤幸吉対豊登のエキシビション・マッチは。ボディースラムとヒップトス(腰投げ)とショルダーブロック(体当たり)だけで“昭和のプロレス”の香りをディスプレーしている。
この映画のいちばんディープなところをえぐり出すシーンは、スーパースターになった力道山が人目を気にしながら場末のホルモン焼きの店を訪ね、プルコキを食べながら同胞と朝鮮語で会話を交わす場面だろう。「キム・シンラクだ」といって店に入ってきた力道山は「戸を閉めておけ」と同胞に命じる。
その友人が力道山に「もうそろそろ朝鮮人だということをいったらどうだ」とたずねると、力道山は「朝鮮がオレになにをしてくれた? 日本だ、朝鮮だ、そんなことはどうでもいい!」と答える。
英語版ではこの部分の字幕は“Who cares?”となっている。力道山は「オレは世界の力道山なんだ」といって店をあとにする。
妻“綾”が力道山に「お願いだから、いちどだけ負けてください」と懇願するシーンの字幕は“Accept the defeat(敗北を受け入れてください)”となっている。
日本語、韓国語。英語の3つの言語を重ね合わせていくと、ソン・ヘソン監督が導き出そうとしたアジアの世界観のようなものが浮かび上がってくる。劇場公開時のパンフレットの表紙をめくると「日本人がいちばん、力道山を知らない」というソン・ヘソン監督自身のコメントが目に飛び込んでくる。
“プロレスの父”“戦後のヒーロー”力道山は、“民族”ではなくて“個”を生きた孤独な英雄だった。
文/斎藤文彦 イラスト/おはつ
※「フミ斎藤のプロレス講座」第63回
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