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V6森田剛のR15指定の演技に注目!映画『ヒメアノ~ル』で“社会の終わってる感”を体現

自分より少しでも幸せなら許せない

 手当たり次第に他人を襲う森田の狂気は、いじめ、若者の貧困化、コミュニティーの崩壊など、今の日本社会の「終わってる感」を体現したものだ。「もうここから這い上がれない」という絶望感が、「誰が死のうと痛くも痒くもない」といった感受性を生み出す。そんな荒み切ったキャラクターを森田剛が見事体当たりで熱演している。  エリオット・レントンは、『大量殺人者の誕生』(中野真紀子訳、人文書院)で「殺人とはいまや、排除された者たちが、自分を破門したものの象徴と根源に恨みをぶつけようとするものである」と述べ、「見知らぬ他人ではあるが自分を拒絶した階級を代表している(行動や外見や居場所によって)と思われる人々を殺す」と述べた。  森田は、自分がイラついて暴れている姿を見て「なんかヤバい人がいる」と笑う女性や、閑静な住宅街の一戸建てに住んでいるサラリーマン夫婦など、ごくごく普通の人々を立て続けに殺していく。つまり、現代の日本に当てはめると、この「階級」とは「何食わぬ顔で普通の生活」を送る者たちを指しているのだ。だから森田は、まるで「自分とは関係のないフリをする者」ほど「おれと関係がないと思ってんじゃねえ」と言わんばかりに襲い掛かる。  しかも、「普通の生活」の意味するところは、あくまで相対的なものに過ぎない。昨今のバッシング現象が象徴的だが、例え自分より劣ってる者であっても、自分より少しでも幸せそうなだけで許せなくなるのだ。シリアルキラーにとって、それは即「殺したくて仕方のない」対象となる。
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現代の絶望感という強烈な“毒”
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