更新日:2022年08月14日 11:04
エンタメ

『ママゴト』のツンデレ美人ママに転がされたい!――南信長のマンガ酒場(2杯目)

気持ちひとつで酒の味わいも変わる

 酔ったうえでの疑似恋愛という点ではキャバクラも似たようなものだが、スナックのほうが客もママも人生の荒波に揉まれている分、ダシが効いてて味わい深い。そもそも母親でもない人をママと呼んでる時点で、そこは一種のファンタジー時空だ。客は酒を飲みながら“口説きごっこ”を楽しんで、面倒くさい現実をひととき忘れる。一方、映子ママにとっても営業中の店で飲む酒は現実逃避の道具だった。  小さいながらも店を持ち、商店街のオッサン連中を転がして、そこそこうまくやってるように見える彼女だが、実は過去の苦い記憶から逃れられずにいた。それゆえ生活は荒れ気味で、言動には人生への虚無感がにじむ。そんな彼女に、親友だった女が男の子を預けたまま雲隠れしたことから物語は動き出す。  最初は子供に拒否反応を示す映子だったが、小太り5歳児・大滋(タイジ)のけなげな姿にほだされて……と書くと、ありがちな人情話のように思えるかもしれない。が、そこはヒネクレギャグ『薫の秘話』などで知られる作者だけに一筋縄ではいかない。  子育ての喜びと苦労を「タチの悪い宗教」に喩え、男にだまされた女は「信じたかったから信じたんよ!」と叫び、借金取りは「こうゆうのは逃げるけえどんどん怖くなるんでえ」と喝破する。そんな人生のどうしようもない真理を突く名言が満載で、多くのセリフが重層的意味を持つ。映子がタイジに言う「生まれてきて大きゅうなっただけでうんとええこなんじゃけ」は“映子=ええこ”と自分に言い聞かせているようでもある。  タイジの存在が映子の心にもたらした変化は多々あるが、それは酒の飲み方にも表れた。誕生日にタイジが描いた絵を贈られ、つぶらな瞳で「ボクおばちゃん大好き!」と言われた映子は今まで経験のない多幸感に包まれる。その夜、店で開かれたバースデーパーティでの彼女は超ゴキゲンで、普段は営業用に飲む酒もこの日は格別。 「初めてよー こんなに酔っても楽しいまんまって」とはしゃぎつつ、いつもは適当にあしらっている常連のオッサン連中に極上の笑顔で「みんな大好き(ハート)」とまで言ってしまう【図2】⇒【画像】はコチラ(図2)https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1236428
図2「ママゴト」1巻p198

【図2】『ママゴト』1巻P198より。(c)松田洋子/KADOKAWA刊

 これにはオッサンたちも「やべー こんなかわいいママも初めてじゃ」とキュン死。究極のツンデレ技に「わしのことだけ好き言うてくれたら会社の金使いこんで貢ぐでー」「わしゃー生命保険の受取人 嫁さんからママに変えたる」「じゃ オレは娘の学資保険解約してでも」と、その場限りの殺し文句をバンバン繰り出す始末である。  映子とタイジの関係がママゴトのようなものなら、スナックのママと客もママゴトを演じているようなもの。この大人のファンタジーの甘苦さは、ウイスキーの味にも似ている。 文/南信長●1964年大阪府生まれ。マンガ解説者。著書に『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『やりすぎマンガ列伝』がある。
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ママゴト 1

「普通の家族」を夢みるものたちの、おかしくて、そして切ない、ある奇跡への物語。


現代マンガの冒険者たち

マンガはどのように進化してきたのか?あの作家のどこがすごいのか?マンガをもっと楽しむためのガイドブック。


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