300万円の100回払いでサヨウナラ――連続投資小説「おかねのかみさま」
沼「金額はともあれ、『揉め事が存在しない』ということがなによりも大事なテーマです。まぁこういっちゃなんですが、3億くらいならば今回の上場を考えると無理のない金額でもありますし、それに一括ではなくて毎月300万円の100回払いという形をとることで了承を得てきましたので」
杉「300万の100回?」
沼「はい。辞めたあとも元創業メンバーとして関わり続けるという形をとって、新しいアプリの構築を続けてもらっている。ということにしようと」
杉「アプリ…」
沼「架空のアプリですね。だけど薄井側でそれなりのコードやドキュメントは提出してもらう予定です。アプリの名前は『たまご王国』」
杉「つまり本件には2つの契約が存在して、主幹事証券会社には表の契約だけを見て納得してもらって、薄井にはこれからも毎月300万円を払い続けて、作りもしないアプリのドキュメントだけを毎回もらう。ということですか?」
沼「おっしゃる通りです」
杉「………」
沼「杉ちゃんのお気持ちは痛いほどわかります。脅迫に満額回答した上に表向き円満解決を演じなくてはいけないんですから。でも期限までに進めたいものがあるのはこちら側で、しかもそれが中断したら会社の未来はなくなります。上場直前で揉め事に呑まれて退場する。よくあることではありますが、避けられるのであれば避けたほうがいいですね」
杉「…………」
沼「杉ちゃん」
杉「はい」
沼「僕らは当事者ですから、こういう理不尽なことに直面することばかりです。だけど主幹事証券会社の向こう側にいる一般株主は、揉め事のある会社をたいへん嫌います。どんな会社にだって揉め事はあるんですが、『揉め事を解決する能力のない会社』というのは投資対象から外される。つまり、株価はどんどん安くなる。これから上場した後も同じような輩が次々と現れることは僕も経験済ですし、その都度あれこれ思い悩むのではなく、蚊を殺すくらいの感じで対処していくといいでしょう」
杉「蚊ですか…」
沼「えぇ。大丈夫。まだ若いんだから。ちょっと腫れたり痒くなったりはあるけれど、虫よけなんかも使いながら、ぐいぐいと前に進みましょう。それがベンチャースピリットです」
杉「…」
沼「…」
杉「……沼貝さん」
沼「はい」
杉「ぐいぐいと進んでいった先には…なにがあるんですかね」
沼「なにがあるかはそこまでいかないとわかりませんが、少なくとも今よりすてきな景色です」
杉「…」
沼「いずれにしても止まるとか辞めるという選択肢はありませんから。今日の午後に監査法人と主幹事証券会社に報告して、『問題は解決した』と伝えましょう」
杉「……」
沼「だいじょうぶ。薄井はもう検察にマークされてますから。僕らもがんばりましょう」
次号へつづく
【大川弘一(おおかわ・こういち)】
1970年、埼玉県生まれ。経営コンサルタント、ポーカープレイヤー。株式会社まぐまぐ創業者。慶応義塾大学商学部を中退後、酒販コンサルチェーンKLCで学び95年に独立。97年に株式会社まぐまぐを設立後、メールマガジンの配信事業を行う。99年に設立した子会社は日本最短記録(364日)で上場したが、その後10年間あらゆる地雷を踏んづける。
Twitterアカウント
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2011年創刊メルマガ《頻繁》
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「大井戸塾」
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井戸実氏とともに運営している起業塾
〈イラスト/松原ひろみ〉
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