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プロレスファンは悪童タイソンに寛大だった――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第280回(1998年編)

ザ・レスラー

マイク・タイソンとストーンコールドの夢のシングルマッチは実現せず、タイソンは“レッスルマニア14”のメインイベントで特別レフェリーをとつめることになったが、なんとショーン派DXと緊急合体(写真は米専門誌『ザ・レスラー』1998年5月号表紙より)

 プロボクシング元世界統一ヘビー級王者マイク・タイソンとWWEの正式契約―“ストーンコールド”スティーブ・オースチンとのまさかの大乱闘シーンは、アメリカ国内だけでなく世界じゅうのマスメディアの関心(と好奇の目)を集めた。

 1.19“ロウ・イズ・ウォー”フレズノ大会から2週間後、WWEはテレビ、新聞、雑誌をはじめとする報道関係者約150人を招待し、ニューヨーク・ニューヨークのレストラン“オールスター・カフェ”で“レッスルマニア14”発表記者会見を開いた。

 ネイビーブルーのスーツにネクタイというフォーマルなファッションで会見場に現れた“渦中の人”タイソンは「子どものころはブルーノ・サンマルチノとバリアント兄弟が好きだった」というコメントで少年時代、プロレスファンだったことを告白し、メディアが注目していた“プロレス転向説”については「ここで自己弁護はしません」と発言した。

 ビンス・マクマホンWWEオーナーはこの日、3.29“レッスルマニア14”のメインイベントがショーン・マイケルズ対ストーンコールドのWWE世界ヘビー級選手権に正式決定したこと、タイソンが同一戦の特別レフェリー(サブ・レフェリー)をつとめることの2点だけを発表。

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タイソンがレフェリーとしてリングに上がるという妥協案で決着

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