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ストーンコールドとマイク・タイソンの歴史的乱闘――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第279回(1998年編)

ザ・リング・マガジン

ストーンコールドと“悪童”マイク・タイソンが歴史的な乱闘事件。世界じゅうのマスメディアがこの“事件”を大々的に報道した(写真は米ボクシング専門誌『ザ・リング・マガジン』1998年5月号表紙より)

 “ストーンコールド”スティーブ・オースチンとプロボクシング元世界統一ヘビー級王者“アイアン”マイク・タイソンが歴史的乱闘を演じた。(1998年1月19日、カリフォルニア州フレズノ、フレズノ・コンベンション・センター)。

 “べらぼうなはなし”というやつだった。タイソンがほんとうにプロレスのリングに上がった。アメリカじゅうが、というよりも世界じゅうが口あんぐり状態になった。

 このとんでもない企画のいい出しっぺはビンス・マクマホンで、「そいつはおもしれえ、やろう、やろう」と応じたのがドン・キング。ビンスはプロレス界の“ドン・キング”で、ドン・キングはプロボクシング界の“ビンス・マクマホン”である。この人たちがその気になったら、たいていのインポッシブル(不可能)はポッシブル(可能)になってしまう。

 タイソンのマネジメント権を保有するドン・キング・プロモーションとWWEの接触が明らかになったのは前年(1997年)12月。ビンスは当初、タイソンの3.29“レッスルマニア14”へのゲスト出場を打診したとされる。

 交渉段階での話し合いの内容については明らかにされなかったが、両サイドは12月第3週の時点でタイソンの“レッスルマニア14”出場に合意。1.19“ロウ・イズ・ウォー”フレズノ大会にタイソン自身が出演し、3.29“レッスルマニア14”出場を正式にアナウンスするはずだった。

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タイソンはややおとなしめの紺色のスーツ姿で登場

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