第1回将棋電王戦の一日を振り返る【その3】 64手目△8三玉で流れ変わる
―[第1回将棋電王戦の一日を振り返る]―
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昼食休憩が終わり、戦局は中盤に差し掛かってきた。米長会長は中空にガッチリとした城を築きあげ、ボンクラーズの攻めを待つ体勢。一方のボンクラーズは、攻めの糸口を見つけることができず、飛車がウロウロと動きまわり、攻めようかどうしようか、迷っているように見える。一手パスのような手を指し続けるボンクラーズを見て、プロ棋士たちは「いかにもコンピュータらしい」と口にする。
「人間なら恥ずかしい。師匠に破門されます(笑)」(船江恒平四段)
プロ棋士には、有効な手を探すのももちろんだが、少しでも局面を進ませる、前向きな手を指すという本能がある。しかし、ボンクラーズはあくまで合理的に、プラスにできない状況だと考えるなら、一手を無駄にしてもマイナスにならない手を指すのだ。そして戦局は完全に膠着状態に。相変わらず飛車がウロウロして、似たような局面が続く。会長はひたすら待ちながら様子をうかがっている。
ちなみに将棋には「千日手(せんにちて)」というルールがあり、同じ局面が1局中に4回出てくると先手と後手を入れ替えて指し直しになる。先手番になるとプロ的には少し有利なので、普通は先手が千日手を避けるのだが……ボンクラーズはお構いなしのようだ。かといって、会長にとって千日手が歓迎かというと、そう簡単でもない。指し直しには体力勝負の側面もあり、先手と後手では作戦も変わる。現在うまく指せているのだから、ゼロから指し直すのは損になる可能性もある。また、指し直しでは消費時間も引き継ぐことが多いので、早指しが得意なボンクラーズ相手では不利になる。
「現在の局面は、かなり会長がうまくいっています。自宅の練習では、もっと苦しい形でボンクラーズの攻めを受けて勝ってましたから。先手番になったら作戦はないとおっしゃってましたが(笑)」(渡辺明竜王)
「完全に会長の予定通りの展開でしょう。ただし、自分から攻められないので、勝ちにするまでは相当大変です」(遠山雄亮五段)
立会人の谷川浩司九段も、来年の電王戦の対局者に決まっている船江恒平四段も、ほぼ同様の見解だ。会長の陣形は王様の前方はガッチリしているのだが、自分から攻めると駒の交換になり、がら空きの後方に打ち込まれてしまう。したがって、ボンクラーズの飛車が飛び回るのを注意深く観察し、自分の前方に穴を開けないよう、ほんの少しずつ形を変えながら局面を前に進めるしかない。
これは人間にとってはジリジリとした神経戦だが、今回の会長の相手はコンピュータである。筆者は以前の記事で、今回の電王戦を『HUNTER×HUNTER』のネテロ会長VSメルエムになぞらえたことを思い出していた。また、会長の陣形を見て『天空の城ラピュタ』を思い出したりもしていた。まったく縁起でもない。
そこで突然、控え室の一部から「うぉ!」と声が上がる。会長が64手目に△8三玉と、さらに王様を前に突き出したのだ。形勢が変わるような手ではないが、挑発的な手だという。しかし、ボンクラーズはそれでも以前と同じように飛車の位置をくり変える。その後も同様に、会長は少しずつ動きを見せる。
「飛車がこの位置に来て、この局面は初めてですね。(その後、ボンクラーズの71手目▲5六歩を見て)局面が動き始めました。千日手の可能性は減りました」(渡辺明竜王)
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ボンクラーズ「勝ったな……」形勢判断1000オーバー
取材・文/坂本寛
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