越中詩郎と斎藤彰俊の“反選手会同盟”――フミ斎藤のプロレス読本#008【Midnight Soul編3】
★ ★
どうやら、メインイベントが終わったようだ。体育館の出口からお客さんがいっせいに出てきた。このバスのまわりにも少年ファンたちが集まってきている。
アリーナの裏口にまわって、会場をあとにするレスラーたちを最後まで見送る。これはプロレスファンにとっては、習慣というよりも、一種の儀礼のようなものだ。
うまくいけば好きな選手と握手をしたり、サインをもらったりできるかもしれないし、そうじゃなくても本物のプロレスラーを至近距離で目撃することができる。
越中詩郎がバスのなかに飛び込んできた。たぶん、出待ちのファンの集団をかき分けながらここまでたどり着いたのだろう。ちょっとムッとしたような顔で、右側の列のいちばん前の座席に座ると勢いよくシートを後ろに倒した。
日本人側にも外国人側にも属さない“反選手会同盟”のリーダー、越中もこのバスの乗客だった。
「お疲れッス」チームメートの彰俊が穏やかな声で越中にあいさつをした。
越中のニックネームは“ド演歌ファイター”。試合中はつねに「テメー、コノヤロー!」「ふざけんじゃねー!」と声を出しながら闘う。やられてもやられても歯を食いしばりながら立ち上がっていく姿には昭和のスポーツ根性ドラマに似た趣がある。
新日本プロレスの主流派に反旗をひるがえし、スキンヘッドになって“反選手会同盟”という新派閥を結成した。プロレスラーとしては泥臭いタイプだけれど、熱狂的な男性ファンがついている。
「おお、サイトー。それ、左目、平気か?」先輩の越中は、彰俊がきょうの試合で顔を腫らしたことを知っていた。
10年選手の越中もこれまでずいぶんたくさんのケガをしてきた。足首を骨折してまるまる1年を棒に振ったこともあった。
「おお、サイトーよぉ。きょう、カミさんに会えたか」
「いいえ、きょうは会ってません。でも、大丈夫です。電話しときましたから」
「なにがダイジョーブだよ」
彰俊はもう結婚していて、試合のないときは名古屋に住んでいる。きょうは試合でこっちに来たので、そのつもりだったらどこかで奥さんと会う時間くらいつくれただろう。でも、プロレスラーとしては修行中の身の彰俊はみんなといっしょにバスに乗って東京に戻ることを選択した。
27歳の彰俊には恋女房がいて、34歳の越中はまだ独身。妻帯者の後輩に気をつかう越中の体育会的な口調がおかしくて、ぼくは声をたてずに笑った。(つづく)
※文中敬称略
※この連載は月~金で毎日更新されます
文/斎藤文彦 イラスト/おはつ1
2
⇒連載第1話はコチラ
※斎藤文彦さんへの質問メールは、こちら(https://nikkan-spa.jp/inquiry)に! 件名に「フミ斎藤のプロレス読本」と書いたうえで、お送りください。
この連載の前回記事
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ