更新日:2017年11月15日 18:02
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安倍総理「9条改憲」をどう読み解くか。日本人だけが知らない戦時国際法とは?【評論家・江崎道朗】

 

自衛隊を縛っていたのはサヨクでもマスコミでもなく内閣法制局

安倍総理「9条改憲」をどう読み解くか。日本人だけが知らない戦時国際法とは?【評論家・江崎道朗】

陸上自衛隊HPより

 日本がそれほど情けない状況になってしまったのは、現行憲法9条と、その解釈に問題があるからだ。 《1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。》  この9条の解釈について主として4つの学説がある。  第一説が「自衛戦争も含め一切の戦争と、いかなる戦力も認められない」という説。もちろん自衛隊も違憲だ。  第二説が「そもそも戦時国際法において独立国家には交戦権は認められているのであって、交戦権を否定する9条は政治的な宣言にすぎない」という説。自民党も結党当時は、こうした立場に立つ政治家が多かった。  第三説が「自衛戦争及び自衛のための戦力保持は禁じられていない」という説。これは芦田修正といって憲法制定当時、芦田均衆院議員が挿入した《前項の目的を達するため》という字句に注目し、戦時国際法を踏まえれば「自衛のためであれば戦力を保持することができるし、自衛隊も合憲だ」というものだ。実は昭和30年代の林修三内閣法制局長官時代までは、日本政府の公式見解もこの解釈に近かった。  第四説が「自衛のためといえども『戦力』の保持は許されないが、戦力に該当しない実力すなわち『自衛力』の保持は禁じられておらず、自衛抗争は可能」というもの。これは、高辻正巳内閣法制局長官が示した見解であり、現在の政府・内閣法制局の公式見解だ。 「戦力」はダメだが、「自衛力」ならいいとはどういうことか。内閣法制局は「戦力」を「自衛のため必要最小限度を超えるもの」と定義づけ、「自衛のため必要最小限度を超えない実力の保持」は憲法9条の禁じるところではなく自衛隊も憲法に違反しないと主張しているのだ。かくして自衛隊は「戦力」ではないので、他国の軍隊のような「交戦権」は制限され、相手国を攻撃する能力を持つことも、有事に関する法制を研究することも禁じられてきた。  サッカーで言えば、相手チームの攻撃を想定した研究も対策を禁じられ、手足を縛ったままピッチに出ることを強いられ、しかもセンターラインを越えて相手のエリアに入ってはいけないと言われているのだ。これでどうやって試合に勝てというのだ。  政府がこの第四説に基づいて自衛隊と防衛体制の構築をがんじがらめに縛ってきたのだが、戦時国際法を無視した荒唐無稽なこの説は1964年に登場した高辻内閣法制局長官がこれまでの政府解釈を勝手に変えたものにすぎない。それ以前の林修三法制局長官までは戦時国際法を理解し、その憲法解釈も極めてまともだったのだ。  完全に誤解されているが、自衛隊を本当に貶めているのは、サヨク・マスコミでも野党でもない。戦時国際法を無視するようになった高辻正巳長官以降の内閣法制局なのだ。  安倍総理は今年5月3日、民間憲法臨調が都内で開いた集会にビデオメッセージを寄せ、「私たちの世代のうちに自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置付け、『自衛隊が違憲かもしれない』などの議論が生まれる余地をなくすべきだ。(中略)九条一項、二項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な議論に値するだろう」と提案した。  国際社会において日本の自衛隊だけが手足を縛られ、国際ルールに基づいて活動することができない。そして、こうした「自衛隊差別」を解消しようというのが、安倍総理の「自衛隊明文規定」論の趣旨ではないだろうか。  そうだとするならばまず、自衛隊も他国と同じように戦時国際法という国際ルールで動けるように憲法解釈を林修三法制局長官時代のものに戻すべきだろう。  高辻正巳内閣法制局長官以降の政府解釈の問題点を踏まえ、戦時国際法という国際政治の共通ルールを前提にした建設的な改憲論議を望みたい。 【江崎道朗】 1962年、東京都生まれ。評論家。九州大学文学部哲学科を卒業後、月刊誌編集長、団体職員、国会議員政策スタッフを務め、外交・安全保障の政策提案に取り組む。著書に『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』(祥伝社)、『マスコミが報じないトランプ台頭の秘密』(青林堂)、『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾』(展転社)など
(えざき・みちお)1962年、東京都生まれ。九州大学文学部哲学科卒業後、石原慎太郎衆議院議員の政策担当秘書など、複数の国会議員政策スタッフを務め、安全保障やインテリジェンス、近現代史研究に従事。主な著書に『知りたくないではすまされない』(KADOKAWA)、『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』『日本占領と「敗戦革命」の危機』『朝鮮戦争と日本・台湾「侵略」工作』『緒方竹虎と日本のインテリジェンス』(いずれもPHP新書)、『日本外務省はソ連の対米工作を知っていた』『インテリジェンスで読み解く 米中と経済安保』(いずれも扶桑社)ほか多数。公式サイト、ツイッター@ezakimichio

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 ’17年、トランプ米大統領は中国を競争相手とみなす「国家安全保障戦略」を策定し、中国に貿易戦争を仕掛けた。日本は「米中対立」の狭間にありながら、明確な戦略を持ち合わせていない。そもそも中国を「脅威」だと明言すらしていないのだ。

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