更新日:2022年08月31日 00:27
スポーツ

テリー・ゴーディのディープサウス物語――フミ斎藤のプロレス読本#031【全日本プロレスgaijin編エピソード1】

         ☆          ☆  夜、みんなでテレビを観ながらのんびりしていると、いきなりマイケル・ヘイズとジミー・ガービンが現れた。約束もしていないのに、お酒の入った大きな紙袋を下げて、ろくにノックもしないで家のなかに入ってきた。  ヘイズはあいかわらずお行儀が悪い。冷蔵庫を勝手に開けて、おつまみになりそうな食べものと氷を取り出し、棚からグラスを出して自分で持ってきたジャックダニエルとペプシでコークハイをつくり、リビングルームのカウチにどっかと座ると、土足のままコーヒーテーブルに足をかけてそれを飲みはじめた。  ゴーディの顔がとたんに悪ガキのツラがまえになった。10代のころからの親友で、伝説のタッグチーム、ファビュラス・フリーバーズの相棒だったヘイズが家に遊びに来ると、ゴーディのなかで眠っていた不良少年の魂が目を醒ましてしまうのだろう。  全日本プロレスでのタッグ・パートナー、スティーブ・ウィリアムスもたしかにベストフレンドだが、ウィリアムスはどちらかというとゴーディのガキッぽさにブレーキをかける役目も果たしている。  ゴーディとヘイズの会話は、まるでいじめっ子の中学生のやりとりだ。もちろん、プロレスのことしかしゃべらない。ちょっとだけ年上のガービンは、フリーバーズ――その後、アメリカ国内ではヘイズとガービンがタッグを組んで“後期”フリーバーズとして活動した――といっしょにいるときはもっぱらふたりのおしゃべりの聞き役のようだった。  ヘイズが品の悪い下ネタのジョークを連発し、レスラー仲間の他愛ないうわさばなしをつづけ、3人は山じゅうに響きわたるような大声で笑い、ウィスキーをガブ飲みした。  ヘイズが現れると、カーニーさんはさっさと2階のマスター・ベッドルームに上がってしまった。ゴーディがカードテーブルを用意して「ポーカーをやるぞ」といい出したので、付き合いきれなくなったぼくは、そおっとゲストルームに避難して寝ることにした。  ひとつだけ心配ごとがあった。それはヘイズの“小便攻撃”だった。マイケル“PS”ヘイズの“PS”は“ピス(小便)”という意味で、飲み会でだれかが先にダウンしたりすると、ヘイズが酔いつぶれた人間――ぼくはその日はお酒は飲んでいなかったが――に上から立ちションをぶっかけるという“儀式”があることをぼくは知っていた。  どうしたもんか、と思ったぼくは、とりあえず部屋の明かりをつけたままよこになることにした。案の定、しばらくするとヘイズがノックもせずに部屋に入ってきた。もうダメだ、と思ったぼくは、目をつぶって熟睡しているふりをした。 「おい、タバコ3本くれ」  ヘイズはタバコを切らせてしまったらしかった。「1本くれ」ではなく「3本くれ」といったのが、ヘンなところが正直で、いかにもヘイズらしかった。ぼくは、昼間、町のガス・ステーションで買っておいた赤マールボロを箱ごとヘイズに渡した。  タバコの箱を受けとると、ヘイズは妙に感じよく「サンキュー・サーThank you, Sir」とていねいにお礼をいって部屋を出ていった。  遠くのほうで「あのジャパニーズ・ガイ、用心深くて、なかなかスマートなやつだ。電気つけて寝てやんのHe had lights on」とヘイズが大声で話すのが聞こえた。ぼくは、こんどこそ安心して眠ることにした。  親友たちとの楽しいひとときの翌朝、フツーに戻ったゴーディは、床に散らばったグラスや酒瓶やおつまみを食べたあとの皿などをていねいに拾い集め、大きな体をすぼめるようにしてキッチンで洗いものをしていた。 「空港まで送っていくから、しばらく待ってろや」
斎藤文彦

斎藤文彦

 悪ガキとお父さんのちょうど中間のようなやさしい顔をして、ゴーディがにっこりとほほ笑んだ。 ※文中敬称略 ※この連載は月~金で毎日更新されます 文/斎藤文彦 イラスト/おはつ
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⇒連載第1話はコチラ

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