不良っぽくて寂しがり屋のエイドリアン――フミ斎藤のプロレス読本#037【特別編アドリアン・アドニスIn Memory of Adrian Adonis】
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1985年の夏、ぼくはエイドリアンから「デカい家を建てたから写真を撮りにこい」といわれ、カリフォルニア州ベイカーズフィールドのエイドリアンの新居を訪ねた。
自由奔放なレスリング・スタイルと同様、家に帰っても気ままな生活をしているのかと思ったら、そうではなかった。砂漠と岩山に囲まれたベイカーズフィールドは1年のうち190日間が真夏日のバレイ=盆地で、とにかくいつでも天気がいい。
エイドリアンは毎朝7時に起床し、軽いロードワークとストレッチ、家のプールでひと泳ぎしたあとに朝食。午後は近くのジムで本格的にウエートトレーニングのメニューをこなすという規則正しい生活をおくっていた。
家族はワイフのビーさん、ひとり娘のアンジェラ、ブルドッグのキャリーの3人と一匹。家でのんびりしているときくらいチラッとやさしい一面でものぞかせてくれるだろうと期待していたら、これもみごとにスカされた。家族といっしょにいるときでも、エイドリアンはやっぱりツッパっていた。
トレーニングから帰り、リビングルームのカウチにごろんと寝ころんだエイドリアンは、まずアンジェラに冷たい飲みものを持ってくるよう命令した。
コーヒーテーブルの上にあったリモコンを拾うと、ケーブルTVのスウィッチを入れた。家の裏庭には直径3メートルくらいの大きなサテライト・ディッシュ(パラボナ・アンテナ)が建っていて、エイドリアンは「スポーツでも映画でも、MTVでもCNNでもなんでも観られる。200チャンネルくらい観られるんだぜ」とハイテクなライフスタイル――1980年代としては――を自慢した。
毎日、こうやってテレビを観ながら夕食ができるまでゴロゴロするのだという。
「ディナーは何時だ?」
突然、家じゅうに響きわたるような大声がキッチンにいたビーさんの耳に届いた。腹ペコでディナーまで待ちきれなくなったエイドリアンが奥さんに食べものを要求した。
なんでもよくわかっているビーさんは、リビングルームのエイドリアンにチョコレートトチップ・クッキーを2枚、持ってきた。エイドリアンは怒ったような顔でそのクッキーを受け取ると、ビーさんの顔をにらみながらそれをぺろっとたいらげた。
「しようがないエイドリアン坊や」とでもいいたげな顔でビーさんはやさしくほほ笑んだ。
テレビに飽きたエイドリアンは、ナイキのスニーカーをはくと、いきなり外に出ていった。夕食の準備ができるまで、そのへんを車でひと走りしてくることを思いついたのだった。
愛車――というよりもエイドリアンにとってはおもちゃ――は赤のコルベットのコンバーティブル。カーステレオのボリュームをいっぱいに上げて、どこへ行くでもなく、砂漠のハイウェイを時速90マイルでぶっ飛ばした。
家に帰ると、ディナーはすでにできあがっていて、ビーさんとアンジェラはダイニング・テーブルについてご主人さまの帰宅を待っていた。メインディッシュはエイドリアンの好物のサーモン・ステーキだったが、エイドリアンは不機嫌そうな顔で「テレビを観ながら食いたい」といい出した。
ビーさんは「家にはベビーがふたりいる。5歳のアンジェラと、もうひとりはエイドリアンよ」とちいさい声で話し、ちょっとだけ肩をすくめた。
エイドリアンは、そばかすだらけのやんちゃ坊主がそのままオトナになったような男だった。悪ぶってみせるけれど、甘えん坊で、でも自己顕示欲は強く、いつも“ここではないどこか別のところ”に夢をはせていた――。
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