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「芥川賞が文学嫌いを増やしている」鴻上尚史が抱く複雑な気持ち

文学に慣れない人が読むべきは「直木賞」

 言うまでもないことですが、久しぶりに小説を読んだり、小説に詳しくない人が読むべきなのは、「直木賞」受賞作です。  けれど、どこでどうなったのか、小説をよく知らない人の間では、「芥川賞」の方が「直木賞」より優れているという、訳の分からない信仰があります。  ある作家が、直木賞を取った時に、親戚から「次こそは芥川賞が取れるといいね」と言われたのは有名な話です。  文学を知らない人からすると、「直木賞」は二位、「芥川賞」こそが一位、金メダルです。そして、マスコミがそのイメージを加速させているのです。  演劇界で、初舞台のアイドルが、ものすごくシリアスな翻訳物の主役をやることがあります。  そういう時、僕は芥川賞の騒ぎと同じ気持ちになります。  アイドルのファンは、もちろん、舞台を見たくて殺到します。初舞台のアイドルのファンですから、ほとんどは生まれて初めて演劇を見る人達です。  そういう人達に、ものすごく重厚でシリアスな西洋演劇を見せるのです。もう反応は決まっています。 「好きなアイドルを生で見れたのはよかったけど、内容はまったく分からなかった」 「アイドルは素敵だったけど、お芝居は退屈だった」。  でも、それはファンの責任ではありません。小説でも演劇でも、そして映画でも、読む順序、見る順序があるのです。  生まれて初めてアート系の映画を見た人が理解できなかったといって、生まれて初めてみた絵画がピカソの絵で戸惑ったからといって、誰も責めません。  芸術には歴史があります。その道をたどって、高みに向かうのです。どんな評論家でさえも、最初から高みにいた人はいません。  重厚でシリアスな西洋演劇が理解できなかったとしても、それはファンの責任ではないのです。けれど、ファンは二度と演劇というジャンルには興味を持たないでしょう。  そんなわけで、今回もまた、文学嫌いを増やすのかなあと、芥川賞の発表にため息をつくのです。 ※「ドン・キホーテのピアス」は週刊SPA!にて好評連載中
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

『週刊SPA!』(扶桑社)好評連載コラムの待望の単行本化 第19弾!2018年1月2・9日合併号〜2020年5月26日号まで、全96本。
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この世界はあなたが思うよりはるかに広い

本連載をまとめた「ドン・キホーテのピアス」第17巻。鴻上による、この国のゆるやかな、でも確実な変化の記録

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