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「国家権力ってすごいもんだな」原一男監督、最新ドキュメンタリーへの思い

――監督にとって、生活者の魅力とは? 原:過酷な状況の中でも、ひたすらに何か純粋なものを求めていくという気持ちに、限りなく共感を覚え、惹かれますね。  石綿工場で働きながら苦労して子どもを育て上げ、やっと自由な時間ができたときに夜間学校へ通い始めたというおばあちゃんがいました。そのおばあちゃんが「自分の名前が書けるようになって本当に嬉しかったよ。勉強するっていいねぇ」って言うんですよ。そこで僕はいつも泣けるんです。あの人の人生を思うとね。  野望や邪気のようなものが一切ない、ただ一生懸命生きてきた人間の純粋な言葉ですよね。映画では短いワンシーンですが、生活者の魅力をうまく表現できたかなと思います。 ――「アスベスト国賠訴訟」という深刻なテーマではありますが、試写会では意外にも客席から笑いが起こるシーンがいくつかありました。あのようなシーンは監督が意図的に入れられているんですか? 原:赤松さんという女性が、アスベストで亡くなった旦那さんが博打好きだったというエピソードを話すシーンですね。あのシーンで観客がドッと笑うなんて思いもしませんでしたよ。  編集は、被写体の人生をいかに魅力的に濃縮していくかという作業です。その結果としてあのシーンができたわけで。ドキュメンタリーは劇映画と違って、泣けるシーンや笑えるシーンを狙って作るなんて、とてもじゃないけどできませんよ。  僕自身、ドキュメンタリーは”演歌”であると思っているんです。演歌を聞いたり、口ずさんだりすると元気になるじゃないですか。悲しみや辛さを歌に乗せて吐き出すことで「明日もまた頑張ろう」と思えますよね。私たちの作品も、被写体に共感し、「頑張ろう」って思ってもらうという意味で、“演歌”であってほしいと思っています。 ――行政と原告団が対峙する場面が何度もありますが、それを目の当たりにして原監督は何を感じましたか?
ニッポン国VS泉南石綿村

『ニッポン国VS泉南石綿村』©疾走プロダクション

原:2014年に原告団は「田村厚労大臣はん 泉南原告に会うてんか!」行動を起こします。連日、厚労省に出向き、田村厚労大臣に直接訴えを聞いてもらうために面会を申し入れるのですが、いつまでたっても担当部署の役人さえ出てこない。とにかく別部署の下っ端ばかり応対に出てくるんです。私もカメラを回していて「国家権力ってすごいもんだな」と思いました。完全に逃げの姿勢ですからね。  僕の中では「原告団はもっと激しく怒りを露わにしていいんじゃないか」という気持ちがどんどん増幅していきました。行政の情けなさに本当に頭に来ちゃって「もうテロでもなんでもやっちまえ!」という気持ちになる場面もありました。 ――カメラを向ける監督も、原告団の方々と怒りを共有していたんですね。 原:ドキュメンタリー映画って、権力に虐げられている弱者の側を描く機会のほうが圧倒的に多いんですよね。でも今回の作品を機に、むしろ権力の方にこそカメラを向けて、カメラの持つある種の暴力性をもって、権力の権力たる部分を赤裸々に暴いていく作品を撮るべきなのでは、と思い始めました。  ただ、映画にすると被写体がどんな人間であれ、不思議と魅力的に映ってしまうことがあるんですよね。そこが悩みどころです(苦笑)。それに権力側を撮ると言ったって、相当な知恵やエネルギー、お金が必要でしょうしね。まあ、くたばるまで、できる限りやって「さようなら、国民のみなさん。ありがとう、お元気で!」といきたいもんですね(笑)。
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「さようなら、国民のみなさん。ありがとう、お元気で!」
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『ニッポン国VS泉南石綿村』
2018年3月10日よりユーロスペースほか全国順次公開
イオンシネマりんくう泉南にて2月3日より1週間限定先行上映中
映画公式サイト:http://docudocu.jp/ishiwata/
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