恋愛・結婚

コインランドリーでゴムをばらまく“コンドームおじさん”を追え!――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第6話>

 アスカを待つ間、手持ち無沙汰になってしまった私は、警察署内をあてもなく歩き回った。すると、見たことのない変な缶コーヒーを売っている自販機を発見し狂喜乱舞した。知らない缶コーヒーを飲むのは本当に興奮する。美味しくも不味くもない茶色の液体を胃に注ぎ込みながら思う。仕事もできねえし、頭もよくねえし、貯金もねえし、本当に面倒臭い女のくせに、変なことにだけやる気をみせやがって。バカじゃねえのか。心の中でつけるだけの悪態をつきながら少し泣いた。なんでもいいよ。愛する女がやる気を出してくれたことは全部叶えてやりたい。それが男の幸せだから。  三十分後、意気消沈したアスカが部屋から出てきた。結果は聞かずとも明らかだ。今にも泣き出しそうな彼女の目を見つめて「家に帰ろう」と言った。アスカは悔しそうな顔で頷くだけだった。警察署を出る途中の書類記入コーナーでアスカが突然足を止めて笑い出す。「どうしたの?」と聞く私に対して、彼女が指をさした方向には、視力の弱い人の為に無料で貸し出しをしているメガネがあった。そのメガネはド派手な黄色い縁取りのメガネだった。 「全員笑瓶だ。私、笑っちゃう」 「え?」 「あんなメガネ貸し出してたら、目が悪い人全員、笑福亭笑瓶になるじゃん」 「ははは」 「警察って怖いね。全員笑瓶にしちゃうんだ。警察は悪だ」 「そうだね。アスカの話もちゃんと聞いてくれないし、警察は悪だ」 「そうだそうだ!」  ようやく元気を取り戻してくれたアスカの手を握って、一緒に警察署の外に出る。夕日が私達の帰り道をオレンジ色に照らしている。  笑福亭笑瓶が生きている世界は最高だ  隣で愛する女が笑っている世界は最高だ。  コンドームおじさんが捕まることのない世界は最高だ。  この素晴らしい世界でもう少しだけアスカと生きていたいと思った。  私のその願いが叶うことはなかったが、あの日の帰り道の夕日は本当に綺麗だった。 文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「ジャマピー」など4コマ漫画など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

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