“上手に生きられない人たち”を救うのが青春物語――現役書店員3人が胸を熱くする本とは?
花本:僕は“読者の人生に影響を与えてしまう”のが青春小説かなって。自分にとってのそれが、山田詠美の『風味絶佳』。
●山田詠美『風味絶佳』(文藝春秋)
<鳶職人、ガソリンスタンドの店員、ごみ収集車の乗務員……ままならない恋の妙味と、肉体労働に励む男の美しさを描いた短編集。表題作は柳楽優弥・沢尻エリカ主演で映画化>
花本:肉体労働者のかっこよさが描かれてる短編集なんですけど、僕はこれにすごく影響を受けたんですよね。「肉体労働こそ仕事の本質」っていう思いが植え付けられて、ビルのメンテナンスの会社に就職したくらい。今こうして書店で働いていても、『ゼクシィ』とかを持ち上げてるときとかに「ああ、『風味絶佳』の喜びがあるな」って思ったりしますよ(笑)。
市川:額に汗して働くのって青春感ありますよね。
花本:もう一冊は新潮文庫版の『萩原朔太郎詩集』。詩はもちろんいいんですけども、序文がめちゃめちゃかっこいいんですよ。「俺の詩とはこういうもんだ、俺はこういうふうに生きる」っていう俺節を、雄弁に語る。
●萩原朔太郎『萩原朔太郎詩集』(新潮社)
<日本近代詩の父・萩原朔太郎による孤高の名編。第一詩集「月に吠える」をはじめ、代表的な詩集の序文が掲載されている。「これぞ自分を規定する大きなものと宣言して、自らの退路を断つような文章なんです。読む者の人生を左右してしまう本」(花本)>
伊野尾:これにも影響を受けた?
花本:僕はこの詩集を手に取ったとき、すごく悩んでた時期だったんですよね。会社勤めもしていたけど自分の仕事に疑問があって、同時にポエトリーリーディングにもハマっていて。朔太郎の詩集を読んで「もう俺は詩でやっていこう」って決心して、その場ですごい詩的な辞表を書いて会社に出したんですよ。それから福岡に旅立ったりして……(遠い目)。
伊野尾:「すごい詩的な辞表」ってなんだよ(笑)。
市川:青春小説って、“自分たちの青春が終わっていることを自覚しつつ、まだ「どうにかなんねえかな」と未練を残している”っていうものでもあると思うんですよね。そこで、ビートたけしの『漫才病棟』を……。
●ビートたけし『漫才病棟』文藝春秋(文藝春秋)
<浅草の下積み芸人時代の経験をもとにした自伝的小説。悲壮な極貧生活をドライな笑いとともに描く。「誰もが知る“ビートたけし”の成功は決して描かれない。シャイな人柄が出てるなと思います」(市川)>
伊野尾:『浅草キッド』とか『キッズ・リターン』とかも青春でしたよねぇ。
市川:この本ではたけし自身の売れない芸人時代の話が延々と語られているんですけど、全然サクセスストーリーじゃないんですよ。
花本:成功しないんだ! ビートたけしなのに!?
市川:しないんです。ただただ自分たちはダメな場末の人間、売れない芸人だってことが描かれていて、コミカルだけど物悲しい雰囲気があるんですよね。
伊野尾:新井英樹の漫画『宮本から君へ』。これはちょうど自分が失恋した頃に読んで、めちゃめちゃ共感した本です。文房具メーカーの新卒2年目のサラリーマンが主人公で、とにかく「俺はやるぞ!」みたいな情熱はあるんですけど、仕事も恋愛も全てが空回りしている。合コンで知り合っていい感じになる女の子がいても、結局ふられちゃう。当時は携帯もないから、手紙でそれを告げられるわけ。それがもう……。
●新井英樹『宮本から君へ』(太田出版)
<恋にも仕事にも不器用な新卒営業マン・宮本浩が、ちっぽけな自分に悩みながらもがむしゃらに奮闘する成長物語。池松壮亮主演の実写ドラマが4月から放送される>
花本:付き合ってた女の子とかを重ねちゃったんだ。
伊野尾:当時の彼女が、ちょっと関係がごちゃごちゃした時に1か月くらい実家に帰っちゃったんですよ。ネットも携帯もないから連絡も家の電話でしか取れないし、やっぱりどんどん間隔が空いていくわけですよ。3日に一度が1週間に一度になり10日に一度になり……みたいな。
市川:今だったらLINEとかありますもんね。
花本:あの頃の「電話が来ない」が「既読スルー」になったんだ。
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