「もう終わった……」を鮮やかに覆した
第2位 平成10年(’98年) 有馬記念 勝ち馬:グラスワンダー
これもまた、ビデオテープが擦り切れるほど何度も観たレースだ。
グラスワンダーは、デビューした3歳時(当時の馬齢表記/以下同)、異次元の強さで連戦連勝、それも圧勝続きだった。しかしその後は故障に悩まされ、復帰したのは4歳の秋の毎日王冠。この毎日王冠も平成の名勝負として有名なレースだが、サイレンススズカやエルコンドルパサーを相手にまったく及ばず5着に敗れてしまう。さらに復活を期した次走のアルゼンチン共和国杯でも1番人気に支持されたが、格下相手に見せ場なく6着。
「もう終わったのではないか…」
そんな声も囁かれ始めた中で臨んだのが、この有馬記念だった。さすがに
2度の凡走が響いたのか、4番人気まで落ち込んでいた。
しかし、迎えたレースでは、3歳時を思い出すかのような圧倒的なパフォーマンスを見せる。特にゾクゾクするのは3~4コーナーの手応えだ。暮れの中山芝は今とは比べ物にならないほどの荒れ馬場だったが、その中でただ一頭、
まるで別の生き物かのように”スーッ”と上がって行ったのがグラスワンダーだった。
直線はメジロブライトとの叩き合いを制し、完勝。名馬が復活を遂げた瞬間だった。その後グランプリ3連覇などの偉業を成し遂げた同馬だが、もっとも輝いたのが平成10年(’98年)の有馬記念だったと思う。その
強さに似つかわしくない優しい栗毛の馬体は、暮れの中山の西日がよく似合っていた。
第1位 平成23年(’11年) 日本ダービー 勝ち馬:オルフェーヴル
平成23年、悪天候のダービーを制したオルフェーブル。泥まみれの勇姿が競馬ファンの心をグッと摑んだ(写真/産経新聞)
この年、日本は暗く、どんよりと沈んでいた。言うまでもない、3.11が起こった年だ。
競馬も当然のことながら影響は避けられず、
クラシック1冠目の皐月賞は東京競馬場での開催となった。そんな異例尽くしのクラシック戦線の中で現れたのが、後に世界を股にかけて活躍するオルフェーヴルだ。
オルフェーヴルは激しい気性の持ち主で、当初は力を発揮できないことも多くクラシックの主役ではなかった。しかし、3月のスプリングSを快勝すると、徐々に頭角を現す。続く皐月賞では4番人気ながら3馬身差の圧勝。
堂々の主役として臨んだのがこの日本ダービーだった。
ところが……である。この年のダービー当日の東京競馬場は、稀にみる悪天候だった。
激しい雨に叩かれた芝は不良馬場にまで悪化、薄暗い空のもと、迎えた競馬の祭典。果たして大丈夫なのか……。期待と不安が入り混じるその舞台で、オルフェーヴルは圧倒的な強さを見せた。
スタートはやや出遅れ気味だったが、道中は唸るような手応えで追走。直線の入り口ではまだ馬群の後方で馬体をぶつけ合いながらのもがき苦しむシーンもあったが、
視界が開けると一気に伸びて来た。最後はただ一頭追いすがるウインバリアシオンを退け、不良馬場を力強く伸び切っての2冠達成。
震災の影響がまだ各地に色濃く残る平成23年(’11年)の5月、競馬界に新たなスターホースが誕生した瞬間は、今思い出しても胸が熱くなる。
やっぱり競馬はただのギャンブルじゃない
というわけで、以上が個人的に選んだ平成の名勝負ベスト3だが、いかがだっただろうか? 正直なところ、3つに絞るなんて無理! というのが素直な感想だったりする。今回は漏れてしまったが、平成24年(’12年)のゴールドシップが勝った皐月賞や、平成21年(’09年)のウオッカの安田記念などなど、挙げていけばキリがない。
やっぱり
競馬はただのギャンブルじゃない、筋書きのないドラマだ、と改めて思うのだ。たぶん、名勝負は競馬ファンの数だけある。予想をするのも楽しいが、たまにはそれぞれの名勝負を語りながらダラダラと飲む夜も悪くない。
競馬予想ブログとしては屈指の人気を誇る『
TAROの競馬』を主宰する気鋭の競馬予想家。12月5日に最新刊『馬券力の正体 収支の8割は予想力以外で決まる』(オーパーツ・パブリッシング)が発売になった。著書は他に『
競馬記者では絶対に書けない騎手の取扱説明書』(ガイドワークス)、『
回収率を上げる競馬脳の作り方』『
回収率が飛躍的に上がる3つの馬券メソッド』(扶桑社)が発売中。