上坂すみれ、眠れるヒップホップクルーを始動させる
——アルバムにはもう1曲、固有名詞が冠された曲があります。
上坂:「ウエサカダイナミック」……。
——この曲も当然、作詞・作曲のビートまりおさん(COOL&CREATE)に「私は私のことが歌いたいんです」とは言っていない?
上坂:もちろんです! もともとビートまりおさんが『チャージマン研』というカルトアニメのコンピレーションCDに、その登場人物のボルガ博士のテーマ「ボルガダイナマイト」という曲を提供なさっていて。その曲がとても好きで、私にもぜひ曲を書いていただきたいというお話をさせていただいたら、この曲が届きまして……。こんなに歌詞の中に自分の名前が入っていると「こいつ、どんだけ自分のことが好きなんだよ」って思われそうでちょっと不安です。
——〈進め すみぺ ブチ壊せ〉、〈\上坂は世界を征服した/〉、〈スミレラブ・レ・ミゼラブル〉ですからね(笑)
上坂:あともうひとつ、ビートまりおさんには「RPGっぽい要素があるとうれしいです」というお話をさせていただいていたので、これはあくまで“上坂すみれというゲーム”の曲、キャラクターソングとして聴いてもらえるとうれしいです。実際私も「CV(キャラクターボイス=吹き替え):上坂すみれ」という気持ちで歌っているので。もしこれが私の等身大だとしたら、歌詞の中に出てくる〈右坂〉とか〈左坂〉って誰だ? って話になっちゃいますから(笑)
——この曲はARMさん(IOSYS)のアレンジも強烈ですね。ブレイクコアというか、ガバというか……。
上坂:確かにガバみがありますね。
ニューアルバム『NEO PROPAGANDA』のジャケット写真②
——とにかく攻撃的なデジタルサウンドに仕上がっている。で「すーぱー呂布呂布ぱらだいす!」や「快走!ラスプーチン」でもシンセが多用されている。今、上坂さんの中でデジタルな音がブームだったりします?
上坂:いや、そういうイメージがあるからなのか、作家さんに楽曲をお任せでお願いするとデジタル感の強い曲が届くことが多いので、「快走!ラスプーチン」なんかはアイキッドさんにちょっとナマ感・ロック感を強くしていただきました。
——ただ、そうやってナマとデジタルのバランスをうかがいつつも、デジタルサウンドがウリのヒップホップクルー・group_inouに「MESSAGE」を書き下ろしてもらってもいます。
上坂:group_inouさんのことはずっと好きだった上に、去年あったAC部(映像制作集団)さんのイベント「AC EXPO’85」でご一緒したご縁もあってお願いさせていただきました。
——上坂さんが1stアルバムの表題曲のMV制作をAC部にお願いしたように、
group_inouのMVもAC部が手がけていますもんね。
上坂:その大好きなAC部さんの画の世界に一番似合う楽曲を作るのがgroup_inouさんだというイメージがあったんです。
——ただ、group_inouは2016年以来、音楽活動を休止中。「AC EXPO’85」のようなステージに上がることはあっても、音源制作はしていなかったですよね?
上坂:だからダメ元のつもりだったんですけど、よりにもよって私の曲が復帰第1作になるとは……。お2人とももうちょっとお仕事を選んでもいいのでは? という気はしています(笑)
——とはいえ、さすがの1曲。すごく浮遊感があってエレクトリックなトラックに乗せて、上坂さんが訥々とフロウする、ストレンジなんだけど、かわいいラップ曲に仕上がっています。
上坂:でも私自身はラップとはちょっと違う感じにしようと思ったんです。
——それはなぜ?
上坂:レコーディング前にいただいたデモテープにはgroup_inouさんの仮歌が入っていて、それがいわゆるラップ的なカッコいいものだったんですけど、自分の歌にする際、ラップ的な表現よりもポエトリーリーディング的な歌い方が合っていると思ったんです。セリフパートのあるキャラクターソングを歌っているイメージで。節回しやリズムを楽器に合わせつつ、かわいらしく、しかも言葉をちゃんと聴かせるように歌うにはどうすればいいんだろう? って考えた結果、こういう歌い方になりました。
——あと「MESSAGE」というタイトルなのに、歌詞は〈私は思うよ 味噌田楽だと思う この世で一番強い食べ物は〉、〈西高島平に猫撫で声のネズミ参上〉とどうにも意味をつかみかねる内容になっている。これも皮肉が効いていて面白かったです。
上坂:「4文字の漢字が歌詞に入ってるとうれしい」ということで「味噌田楽」と「西高島平」は私が入れていただいたフレーズなんですけど、まさかそれが「この世で一番強い食べ物」になっていたり、そこに「猫撫で声のネズミが参上」したりするとは思っていませんでした。でも、実は深遠な意味が込められているのかもしれないんだけど、パッと見はすごく散文的なこの感じが心地いいなと思っていて。トランスできそうな感じ、お経を聴いているような感じがしますよね。
——そして、アルバム終盤戦の2曲は上坂さん楽曲ではおなじみの作家陣が手がけています。まず「アウターモスト -超自然恋愛-」は2016年のシングル曲「恋する図形(cubic futurismo)」でもご一緒しているTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND(TECHNOBOYS)の作詞・作曲・編曲です。
上坂:以前から「TECHNOBOYSさんの’80年代テクノサウンドと超常現象やオカルトって相性がよさそうだな」と思っていて。あと植芝理一先生の超常現象をテーマにしたマンガ『ディスコミュニケーション』が好きなこともあって、その作品の影響もありつつ、今回のテーマをオーダーをさせていただきました。
——もう1曲の「SPY」は特撮コンビによる楽曲です。2014年のシングル曲「パララックス・ビュー」と同じく作詞は大槻ケンヂさん、作曲・編曲はNARASAKIさん。
上坂:去年、あるお酒の席でたまたまNARASAKIさんとご一緒することがあって、宴もたけなわになったころに「今度アルバムを作ることになったんです」ってお話をしたら「じゃあぼくも久々に上坂さんの曲を書きたいな」「大槻くんにも歌詞をお願いしてみるね」っておっしゃってくださったので……。
——へっ!? 飲み屋話をきっかけに作られた曲なんですか?
上坂:「曲の発注は飲み屋でしてもよい」ということを初めて知りました(笑)
——で「パララックス・ビュー」のようなハードコアパンクでも、特撮のようなプログレッシブなハードロックでもないし、NARASAKIさんのもうひとつのプロジェクト・COALTAR OF THE DEEPERSのようなシューゲイザーともちょっと違う。ギターの音の汚し方や重ね方がカッコよくも、どこかかわいらしいロックができあがった、と。
上坂:そうですね。
——作詞家の大槻さんにはどのようなオーダーを?
上坂:完全にお任せだったんですけど、大槻さんとは去年『緊急検証!』シリーズというCSのオカルト番組で何度かご一緒していて、そのとき大槻さんが「上坂すみれがソ連が好きなのは、ソ連の科学者が極秘裏に作り上げたスパイだからに違いない」という仮説を提唱なさっていたんです。
——そうしたらホントに〈寒い国から来たスパイ〉のラブソングが送られてきた?
上坂:はい。だから今回のアルバムは、作家のみなさんが私のキャラクターソングを作ってくださっている感じがしています。
——確かに呂布やラスプーチンや超常現象といった上坂さんの好きなものを歌った曲や、「ウエサカダイナミック」や「SPY」のような作家さんの中にある上坂さん像を歌にしたものが並んでいます。
上坂:なので「ラジオ番組やこういうインタビューでパーソナリティを明け透けにするのも考えものだな」「なんか私のことがみんなにバレてる!」という多少の危機感も覚えています(笑)
——アルバムのリード曲「ネオ東京唱歌」にしても、やっぱりイズムが大きく反映されていますもんね。
上坂:レーベルのスタッフさんから、今回作詞・作曲してくださった志磨遼平さん(ドレスコーズ)を薦められて、ドレスコーズさんはもちろん、ももクロ(ももいろクローバーZ)さんや夢アド(夢みるアドレセンス)さんに提供なさった楽曲も聴いてみたんですけど、どれも全然違うのが面白いなと思って。
——確かに「ドレスコーズや毛皮のマリーズの志磨遼平」のイメージで、ももクロの「天国のでたらめ」なんかを聴くとビックリします。
上坂:その変幻自在なところに「ボン♡キュッ♡ボンは彼のモノ♡」を作ってくださった清 竜人さんと似ているようで、また別の天才性を感じて、今回ぜひにとオファーさせていただきました。
——結果、この戦前の歌謡曲のような1曲ができあがった。
上坂:志磨さんによると戦前の上海の歌謡曲がモチーフらしくて、歌い方もそのようにディレクションしてもらいました。で、志磨さんのiPhoneでその手の曲をたくさん聴いて参考にしたんですけど、当時の音源のあの歌声って録音環境によるもののような気がしていて……。
——ピッチが若干うわずる昔の歌謡曲独特の歌声は確かに録音環境や再生環境の影響であって、当時の歌手が実際にああ歌ってはいない気がしますね。
上坂:なので、あの歌い方をいかに人力で再現するかが今回の最大の課題になりまして……。〈西の国から 東の国まで〉、〈北を南への 大騒ぎ〉という最初の2行を歌うだけでとても時間がかかりました(笑)「特定の人物が発するだろう声をイメージして歌う」という、すごく声優っぽい技術を投入した気がします。
——一方、アレンジは? ベテランの長谷川智樹さんにお願いしていますけど。
上坂:戸川純さんの編曲も担当されていた方ということで、当時のデジタルでレトロな要素も入れてくださったのでうれしかったです。
——で、この曲の最大のミソは志磨さんによる歌詞です。
上坂:「この1曲でスポーツの祭典の賛歌を書けるなんてすごいな」と思いました。
——いや、純粋な賛歌ではないですよね(笑)この物語の主人公は〈あゝ 盛り上がれない 我らは非国民〉、〈“メダルあげる”とかやめて〉と、まったく祭典に乗ってないじゃないですか。
上坂:それなのに〈令和の空に 仰ぐ万国旗〉とやたらとテンションの高そうな風景を、やたらとテンション高く歌う、矛盾をはらんだ感じが私らしくていいな、と思っています(笑)
——ここまではほかの方が作詞した楽曲を追いかけてみたんですけど、アルバムには2曲、上坂さんの自作詞曲があります。……が、これもこれでなかなかの問題作というか。
上坂:問題ですか!?
——先ほどおっしゃっていたとおり、ほかの方はみんな上坂さんのキャラクターに寄せた詞を書いているのに「女神と死神」にせよ「夜勤の戦士のテーマ」にせよ、ご本人の歌詞には決定的に“上坂すみれ性”が足りていません。
上坂:確かに私の作った歌詞が一番普通ですね。「すーぱー呂布呂布ぱらだいす!」や「ウエサカダイナミック」と違って、“安心の普通”(笑)。上坂すみれはすごいテンションで「ウエサカ、ウエサカ」と連呼するだけではない。フラットな目線も持ち合わせた人物だということをみなさんに信じていただきたいです(笑)