プリキュアがもたらしてくれたポジティブリリック
——これは以前にもお話したことなんですけど、上坂さんは「女神と死神」みたいなシティポップリバイバル的、’80年代歌謡曲的な歌詞を書くのがホントにお上手ですよね。
上坂:作詞家の売野雅勇さんのことがとても好きなのですが、最近、’80年代の歌謡曲的なボキャブラリーが歌の世界でなかなか見られないのが残念に思っていて。当時の歌謡曲のボキャブラリーって本当にキレイなので積極的に使っていきたいんです。
——ハロプロ楽曲などで知られる渡部チェルさんが手がけた、ちょっとレトロでファンキーなディスコトラックにもよく似合っているし。
ニューアルバム『NEO PROPAGANDA』のジャケット写真③
上坂:8cmの短冊CDとしてリリースしたいし、誰も観てないような深夜ドラマの主題歌とかに使ってもらいたいくらい。渡部さんの楽曲のおかげもあって、我がことながらとてもおしゃれな曲に仕上がったなと思っています。
——対する、もう1つの自作詞曲「夜勤の戦士のテーマ」なんですけど……。
上坂:いきなりさっきの“普通”発言を撤回するようで申し訳ないんですけど、これは一世一代の面白ソングです!
——ここまでのお話で大方の読者に理解してもらえている気もしますけど、普段は〈今、感じてる 熱い鼓動 高鳴るビート〉、〈走り出せ try on! trust me! Never give up!〉なんてポジティブなメッセージを発する人じゃないし。
上坂:これは夜勤をしている人の職場で流れている曲のつもりなんです。
——コンビニで深夜働いているとき、超アッパーな’90年代ユーロビートに乗せて、この歌詞が流れてきたら……。
上坂:なんかやるせなくなりますよね(笑)
——イジワルな詞を書くなあ(笑)。ただ、スタイリッシュな「女神と死神」の歌詞と違って、こういうポジティブなボキャブラリーって上坂さんの中にはなさそうですよね?
上坂:皆無でした。
——であれば、書くのは大変だった?
上坂:いや、「女神と死神」よりも早く書けました。
——それはなぜなんでしょう?
上坂:ひとつには「女神と死神」は’80年代当時の歌謡曲という材料を買ってきて、今を生きる私なりに調理したお料理なのに対して、「夜勤の戦士のテーマ」は買ってきたお惣菜をお皿に並べた感じだからというのがあって……。
——なるほど(笑)ポジティブなメッセージソングの頻出語をアレンジすることなく、そのまま並べたから早く書けた、と。
上坂:はい。あと、去年は私が『スター☆トゥインクルプリキュア』に出演する、つまり「上坂すみれがプリキュアになる」という不祥事……じゃないですね(笑)
——当然じゃないです(笑)
上坂すみれ
上坂:そういう一大事が起きて、あらためて「ヒーロー・ヒロインとはなんぞや?」ということを考えてみたし、ニチアサ(スーパー戦隊シリーズ、仮面ライダーシリーズ、プリキュアシリーズが立て続けに放送される、テレビ朝日の日曜朝の時間帯)のヒーロー・ヒロインたちの曲を聴いてみたんです。そうしたら、たとえばプリキュアソングであれば「どんなトラブルにもピースと元気で立ち向かおう」みたいな、明らかに私の中にはなかったメッセージが込められていたんです。でもそれって圧倒的に正しくて素晴らしいものじゃないですか。
——はい。
上坂:それで「世の中には、これまで私がコンタクトしてこなかったこんなポジティブワールドが広がっていたのか」と驚いて。さらに1年間、プリキュアを演じたことで、私自身も「多少は」ではあるんですけど、そのポジティブワールドの住人になれた気がしているんです。小さなお子さんやその保護者の方、それからプリキュア歴十数年の大きなお友だちが『スター☆トゥインクルプリキュア』を観て元気をもらっているように、出演している私も知らず知らずのうちにプリキュアから元気やポジティブなエネルギーを受け取っているのかもしれないな、って。
——その無意識下のポジティブを発露させてみたらスムーズに歌詞を書けた、と。ただ意外なのが、上坂さんにそういう作詞家としての野心があったことで。
上坂:「野心」ですか?
——「女神と死神」みたいな歌詞を書ければ幸せな人だと思っていたから、「夜勤の戦士のテーマ」みたいなこれまで不案内だった言葉をも紡ぐ実験もしてみたかったのか、と驚きました。
上坂:売野さんをはじめ、著名な作詞家さんってどんな詞でも書くじゃないですか。
——かつて別媒体のインタビューの中で、上坂さんの1stアルバムに参加なさった森雪之丞さんについて「歌謡曲の作詞家であると同時に、『キン肉マン』のキャラクターソングの作詞家でもある」とおっしゃってましたね。
上坂:そうやって作詞家さんの仕事には詞を提供する相手によって使うボキャブラリーを変える、ある意味での“なりきり要素”があると思っているんです。そしてそれは私たち声優がいろんなキャラクターを演じるのに似た側面があるから、作詞も楽しいなと思っています。
——前回のインタビューでは作詞する動機は「さすがに自分の書いた歌詞はライブで忘れることがないから」とおっしゃってましたけど……。
上坂:それはもちろん大前提なんですけど(笑)、しかも作詞って楽しいんですよね。楽しい上に歌詞を忘れない。もういいことづくめです。
——最後に「新たなるプロパガンダ」を開始した2020年はどんな年にしましょう?
上坂:もう1月も後半になっちゃったから、今さら目標を立てても叶わない気もするんですけど……。
——でも前島さんと初詣に行ったんですよね? そこではどんなお願いを?
上坂:絵馬は書いたんですけど、今思うと、もうちょっとマジメに書いておけばよかった……。
——なにを書いたんですか?
上坂:あみたさんのSNSに絵馬の写真が載っているので、詳しくはそれをご覧ください。アカウントはこちら!(
@_maeshima_ami)
——了解です(笑)。ではあらためて新年の目標をお願いします。
上坂:いろんなことをあらかじめ決め込んでしまうと、自分自身がそのルールに縛られて身動きが取れなくなる気がして。……あっ、このあいだ『寅さん』の新作(映画『男はつらいよ50 お帰り 寅さん』)を観たんですけど、それがすごくよかったので、今年は『寅さん』映画をコンプリートしようと思います!
<取材・文/成松哲>
●上坂すみれ(うえさか・すみれ)
ソビエト社会主義共和国連邦が崩壊した1991年、神奈川県生まれの声優・アーティスト。2012年、アニメ『パパのいうことを聞きなさい!』で本格的に声優デビューを果たし、以降『中二病でも恋がしたい!』『アイドルマスター シンデレラガールズ』『艦隊これくしょん -艦これ-』『スター☆トゥインクルプリキュア』などの人気作・話題作でメインキャストの声を務める。また2013年にシングル『七つの海よりキミの海』でアーティストデビュー。2014年には1stアルバム『革命的ブロードウェイ主義者同盟』、2016 年には2ndアルバム『20世紀の逆襲』を発表し、2016年には両国国技館でワンマンライブ「上坂すみれのひとり相撲2016~サイケデリック巡業~」を開催した。さらに2017年には自身の冠番組『上坂すみれのヤバい○○』がオンエアされ、翌年8月1日には3rdアルバム『ノーフューチャーバカンス』をリリース。そして2020年1月22日、4thアルバム『NEO PROPAGANDA』を発表した。