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<純烈物語>酒井がマネジャーを戦略的に“獲りに行った”理由<第39回>

酒井がヘッドハンティングに動いた理由

「新宮さんは学生時代から付き合っていた女性と結婚した人で、逆に僕は10年付き合った彼女と結婚しなかった。それは大人として失敗、自分的には離婚歴のような感覚になっているんです。だからそれだけで僕からすれば、新宮さんは偉業を成し遂げた人になるわけで、自分にないものを持っていると思った。甲子園に出場して、スタンドで彼女が見ていて本当に結婚するなんて素敵じゃないですか。  真面目な男って、女から見ればつまらない生き物であるはずなのに、新宮さんの奥さんは安定を求めたに違いない。つまり、嫁がしっかりしている。付き合っている女や嫁を見ると、いいめぐりを持っている人、いい支えがあって仕事で無理が効く人だというのがつかめるんです」  テレビ番組のエンドロールが流れると、出演者ではなくプロデューサーや裏方スタッフの名前に注目するような男が酒井である。紅白出場に向けて逆算し、道筋を立てた上でどんな存在が必要かを考えた結果、NHK担当者を押さえるという発想が浮かぶのも至極当然だった。  仕事上の付き合いの中で誰がそのポジションにいるか突き止め、純烈が本気で紅白を狙える機運が漂い始めるタイミングでヘッドハンティングに動く。2013年、紅白50回目の出場を果たした北島三郎がそれを機に線を引いたところ、一人もクラウン所属アーティストが出場できないという年がその後に訪れた。 「純烈が初めてクラウンの納会に出た年だったんですけど、偉い人たちがみんな意気消沈しているわけです。でも僕はそこでビッグチャンスだと思って、ここでNHK担当者の新宮さんを獲得して、クラウンから紅白に出るとしたら純烈でしょ!という認識をハッキリさせていこうと思いました。  だから方法としては白川(裕二郎)をファミレスのドリンクバーで口説き落とした時と変わらなくて、純烈が紅白へいくために必要な人間として釣ったんです。新宮さん本人も鳥羽さんの付け人になって、真面目であるがゆえに業界の流れにこねくり回される経験もしたと思うんだけど、僕は楽しんで野球をやっていた頃の新宮さんでいてもらえたらいいと思って。なんとなくそういう空気も察知していたので、アプローチしたという」  鳥羽のマネジャーを務めたあと、クラウンレコードに戻った新宮は社内でも重要なポジションであるNHK担当となる。演歌・歌謡曲の業界にとって、そこはマストな放送媒体。テレビとラジオのヘビーユーザーである地方の高年齢層に届くのが大きい。  キャンペーンにいっても、NHKに出演したと紹介するだけで見方が変わる。そんな重職をなぜ任されたかというと、これも鳥羽のマネジャーとして渋谷区神南へ出入りした時に築いた関係があったから。ゼロからではなく、顔馴染みの方がビジネスは円滑に進みやすい。会社もそこを買ったのだ。
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純烈=「アマっぽい野球」
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(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxtfacebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売

純烈物語 20-21

「濃厚接触アイドル解散の危機!?」エンタメ界を揺るがしている「コロナ禍」。20年末、3年連続3度目の紅白歌合戦出場を果たした、スーパー銭湯アイドル「純烈」はいかにコロナと戦い、それを乗り越えてきたのか。

白と黒とハッピー~純烈物語

なぜ純烈は復活できたのか?波乱万丈、結成から2度目の紅白まで。今こそ明かされる「純烈物語」。

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