そばの旨さがわかれば大人の階段を上りきったようなものだが、どうせなら十割そばをもっと極めよう。 　牛込神楽坂「そばの膳 たかさご」はそば好きで知らない人はいない名店。72歳でいまだ現役の3代目は、NHKカルチャーセンターでそば打ち講師もしている。 　もともと「町のそば屋」だった「たかさご」に転機が訪れたのは、3代目が44歳のとき。実は水だけで更科粉の十割そばが打てると、先代がポツリとつぶやいたのを耳にしたことがきっかけだった。 　当時、十割で打つそばは湯捏ねが主流だったが、水だけで打ったそばは喉越しがよく、そば本来の味や香りを存分に楽しむことができる。 　たかさごでは契約した農家から玄そばを仕入れ、水だけで十割そばを打っている。 　さらに、職人が手打ちすることで、そば全体に空気が含まれ柔らかい口あたりに。舌の上で浮かぶような滑らかなそばをツルッとのみ込めばその後にやってくる芳醇な香り。おいしい手打ちそばはご馳走なのだと気づかせてくれる。 　若いうちからおいしいそばを知っているのは幸せなことだが、最後に示唆を富んだ話をひとつ。たかさごの店主はいい客の条件をこう語った。 「席に座ったら、決してよその店のそばの批評をしない。そばは比べるものではありませんから」 　たかさごのそばは、たかさごのそばでしかないのだ。 　この一杯を食べてから、はじめてそばの旨さを語ってほしいと思うのであった。 ▼そばの膳 たかさごの「かけそば」 仕入れたそば粉の香りに応じて、一番出汁の濃さを調節するという、逸品。そば、つゆ、薬味の3つが見事にからみあったかけそばは、どの店にも真似できない完成された味だ。950円（税込み） 　口に入れると、風味豊かなそば粉の舌触りに、そばの香り。そんな十割そば特有のおいしさの決め手となるのが、そば粉の質。十割そばとは文字通り材料はそば粉と水のみのため、よりそば粉の質が際立つためだ。近年、国際的にそばの健康性が見直されていて、市場価格は高騰している。そのため、比較的安価な外国産そば粉を使う店舗も多いが、名店と呼ばれる店のほとんどは国産そば粉を使っている。 取材・文／キンマサタカ（パンダ舎）　撮影／岡崎隆夫　内田龍