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「書く資格」――『すべて忘れてしまうから』書評・酒井若菜

―[燃え殻]―
 作家・燃え殻による『週刊SPA!』の人気連載『すべて忘れてしまうから』が一冊の単行本となり、7月24日に発売となった。  発売を記念して、女優・作家として活躍する酒井若菜氏に書評を寄稿していただいた。(以下、酒井氏による寄稿) moegara_subete 

カメラのシャッターを切られているような気持ち

 「酒井さんは、誰に対しても平等すぎるんですよ」。  カフェの向かいの席で、燃え殻さんはそう言った。クタッと感がちょうどいい黒いTシャツ、濡れているように見える黒い髪、配置がやけに完璧な黒いホクロ。とりわけ黒いのは大きな目。その目が瞬きをするたび、カメラのシャッターを切られているような気持ちになる。  「それは、誰にでも冷たいということでもあるし、誰にでも優しいということでもあると思うんですよね」。  同じようなことを、同じカフェの同じ席で別の人から言われたことがある。確かに、私にはそういうところがある。立場や年齢や世間の論調に惑わされることが一切ない。それは私の長所でもあるし、短所でもある。ただし、冷たいことを言うときは、必ず最後は自分が引き取れるようにしているのは大前提だ。無責任に放り投げたりはしない。その代わり、相手が友人であろうが、新進気鋭の作家であろうが、関係ないのである。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い。そして、嫌い=つまらない、ではないこともわきまえてもいるつもりだ。その場しのぎの褒め合いはできなくても、「嫌い! でも素晴らしい!」と思えるもののほうが私は作品として純度が高いと思っている。  やっぱり嫌いだなぁ。溜め息をつきながらゲラを読んだ。本が完成したら、私の元にも届くだろう。私は、私だけの一冊を、酒井家で「古本」になるまで育て次第、神保町の古本屋に持っていきたいと考えている。  場面は冒頭のカフェに戻る。  「かっこつけたこと言ってんじゃねぇよ、って言われるんですけど、僕の人生ずっとかっこつかなかったんですよ。文章くらいかっこつけさせてくれよ、って思うんですよね」。  私の頭にはクエスチョンマークが無数に浮かんでいた。「かっこつけてることは認めてます、燃え殻です」感が強かったのだ。強すぎる、と言っても過言ではなかった。眩しそうに目を細めていたんじゃないかとすら思うほどに潔くかっこつけていた。私は「え……かっこついてないよ」と口に出しそうになるのを抑えた。  燃え殻さんは、ダサい。作中にあるように、人の話を聞かない人だ。本の中で私とのエピソードも書かれているが、私の記憶とはずいぶん違う。そもそも初めてトークイベントで会ったとき、私の本を「読み込んでる」と言っていたが、今回ゲラを読んだら「酒井さんが幼い頃に通った水族館の庭園に池があり、そこには金色の鯉がいた。」と書かれていた。私の本に登場する「金色の鯉」と「水族館にいた鯉」は別である。聞くことはおろか読むこともできていないのか、とがっかりする。しかし、「いやいや待てよ、燃え殻さんだよ? そもそも読み込んでるわけがないじゃんか!」という思いに至った。大きな目でシャッターを切るが、フイルムはすでにパンパンで、新しい一枚を正確に記録しない、それが燃え殻さんだったと思い出した。  燃え殻さんに「ほんとう」のことを聞きたいときは日を分けて二度することにしている。その理由は、一度目は必ず嘘をつくからだ。優しい嘘ではない。反射的な嘘だ。一度目と二度目の答えが違う確率、ずばり100%だから。なんなんだろうと思い、なんなんですか?と説教したことがある。本人曰く、「風呂敷を広げてしまって、自分では畳めないから誰か畳んで」という状態らしい。なんだそれは。ダサいなぁ。
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「ほんとう」から遠ざかりたいときに読みたくなる作品
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燃え殻『すべて忘れてしまうから』

ベストセラー作家・燃え殻による、待望の第2作!
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