更新日:2020年09月08日 16:24
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「書く資格」――『すべて忘れてしまうから』書評・酒井若菜

辛さの只中にいる人の救いになってほしい

 「いつか神保町の古本屋で自分の本を見つけてみたい」。  この共通点に動揺した。私は何一つ燃え殻さんと同じ価値観を持っていないと思っていたからだ。しかしそれから間もなく、こんなツイートを目にした。  「ナチュラルに歴史を修正してしまう人がいる。偉い人だ。あまりに悪意なく喋るので注意できない。自分は前にプレゼンを市ヶ谷でやったことがある。なんとかうまくいった。その時、なんとかうまくいったと報告したその偉い人が『市ヶ谷の時はなんとかうまくいった』と自分に自慢してきた。心配すらしてる」  また自分を棚にあげてらぁ。この本にも時々出てくるが、燃え殻さんが描く「こういう人がいやなんだろうな」という人物像は、大抵が私から見る燃え殻さんそのものだ。燃え殻さんは、自分を棚に上げる能力が異様に高い。なんでもすぐ「分かる」という人が苦手だと言いながら、私が言ったことをなんでも「分かる!」から入るし、私の言葉を自分の言葉のようにして原稿にすることもあるし、そのわりワガママで、まったくやれやれである。  やっぱりダサかった。そうこなくっちゃ、とこっそり思う。どうか強くならないでほしい。矛盾だらけな世の中や自分自身に溺れて、もがく姿を晒してほしい。そうして辛さの只中にいる人の救いになってほしい。  しかし、そんな燃え殻さんならではの魅力を知りつつも、私は好きになれないわけだから、これはもう好みとしか言いようがない。  今回、私に書評依頼をしたのは燃え殻さん本人である。  「酒井さんが称賛してくれるわけがない」。そんなことは分かっていたはずだ。ネガティブなのかポジティブなのか。まったくやれやれ、なかなか可笑しい。私にできることは、この書評を引き受けることと、古本になるまでこの本を育て、神保町の古本屋に持っていくことだけだ。もしその本を燃え殻さんが見つけてくれたら、なにか分かり合えるかしら。その日を想像すると、少しだけ燃え殻さんの人柄も文章も愛おしく思えてきてしまうから、腹が立つ。
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やはり「書く資格」を持っているのは彼なのだろう
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燃え殻『すべて忘れてしまうから』

ベストセラー作家・燃え殻による、待望の第2作!
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