ライフ

「72+41=10013」は正解?学校教育が子どもの個性と多様性を奪っている

「ラーニング・ダイバーシティ」という概念の誕生

 こうした経験から、村中氏は「子どもたち一人ひとりのニーズに合わせた教育が、これからの時代には必要になる」と、強く感じるようになったという。 「これからの時代を生きる子どもたちには『ラーニング・ダイバーシティ』の視点が必要だと思っています。これはラーニング(学び)とダイバーシティ(多様性)を組み合わせて私が作った造語なんですが、大きく『学びの機会の多様性』(いつ、どこで、誰と)と『学びの方法の多様性』(何を、どのように)の2つに分けて考えることができると思います。  今の学校教育では『機会』は、いつどこで生まれたかによってほとんど決まってしまう。『方法』も、基本的には『このやり方で解きなさい』と指定されます。『ひゃくじゅうさん』と聞いて『113』と三桁で書けない子どもは、公教育ではそもそも『72+41』を解かせてもらえません。この子の計算能力は、今の教育課程では見いだせないのです」  ラーニング・ダイバーシティは、いわゆる「天才」や「障害児」だけに限った概念ではなく「あらゆる子どもたちにとって大切である」と、村中氏は強調する。 「いわゆる天才の事例と思われるかもしれませんが、多くの子どもと接してきた感覚としては、こういう子は少なくないです。現状では、『式をちゃんと作りなさい』が最優先で、考え方の工夫が尊重されない。方法ばかりにこだわっていたら、冒頭のような子は算数が嫌いになってしまうでしょう。そして、このラーニング・ダイバーシティという考え方は、これからの時代にどんな子どもにも必要になると思っています」

学校からはみ出してしまう子どもが急増している

 村中氏がそう思った背景には、日本の公教育が直面しているさまざまな問題がある。今、少子化が進んでいる一方で「特別支援学級」の生徒数が年々増え続けているのをご存じだろうか。 「子どもの母数は減っているのに、特別支援学級の子どもの数は10年間で2倍以上に膨れ上がっています。また、文部科学省の調査では、通常学級のなかだけでも4.5%の子どもが学習面で著しい困難を抱えていることがわかりました。  さらに“9歳の壁(子どもが小学4年生あたりを境に人間関係や勉強でつまずきやすくなること)”の問題もあるので、高学年では「著しい困難」を抱えている子どもたちが10%近い可能性もあります。これだけの子どもが学習に困難を抱えるのに、これらすべてを『障害』と言うべきでしょうか?」  そこで村中氏は、子ども側よりも「教育側の問題」だと目線を変えたという。「もちろん狭義の学習障害の子どもたちはいます。ですが多くの子どもが教育側の問題の犠牲者になってしまっている、という方向で紐解いたほうが実態に近いのではないか」と考えたのだ。  また、特別支援学級の生徒だけでなく、少子化の中で不登校児も増え続けている。 「不登校というと、一般的にはいじめや先生とうまくいかないなど、人間関係がイメージされます。しかし日本財団の調査によると、最も多い要因は『疲れる』『朝起きられない』といった内容なのですが、『授業がよくわからない・ついていけない』という理由もかなり多い。人間関係よりもむしろ学びに関わる要因が強いのです」

日本財団 不登校傾向にある子どもの実態調査(2018)より引用

 2019年には英BBCがローマ字表記で“futoko”とつけて日本の不登校について報道した。村中氏によれば、BBCの記事では「あまりの人数の増加に、人々はこれは生徒たち自身の問題ではなく学校システムの問題なのではないかと問いかけ始めています」と、指摘されているという。さらに10代の自殺において最大の原因となっているのは「学校」だ。学びの問題は、命に関わる問題とも言える。
次のページ
公教育に「当てはまらない子ども」どうするか?
1
2
3
おすすめ記事
この記者は、他にもこんな記事を書いています