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平凡な会社員から40代で競輪の予想屋に…。松戸・渡慶次の良秀さん波瀾万丈人生を語る

3日間で100円玉2800枚

 競輪の売上が絶頂期だったのは昭和末期。しかも当時は電話・ネット投票など普及しておらず、車券を買うならレース場か場外発売所しかない時代だ。おまけに日本はバブル絶頂。カネが溢れてしかたない時代である。良秀さんの「渡慶次情報」は絶好のタイミングで開業したことになる。  良秀さんが一番稼いだのは1989年の年末。立川競輪場で開催予定だった競輪界最大のレースである競輪グランプリが労使交渉の決裂で中止となる出来事があったときだ。中止となったのは競輪グランプリだけではなく、同時に立川で開催される予定だった3日間のレースすべてが中止となったことで、年末の大勝負を立川でしようと思っていた競輪ファンが向かったのは、裏開催だったはずの松戸競輪場だったのである。当時の話をする良秀さんもこのときを思い出すと笑いが止まらない。 「当時、松戸競輪場は入場券を買うシステムだったんだよ。(※現在は入場料無料)用意していた3万枚の入場券がすべて売れたらしくて、収拾が付かなくなったから急遽無料開放してしまったらしいんだ」  なんともおおらかな話ではある。要するに想像を絶する人の波が松戸競輪場に押し寄せたのである。  年末3日間の開催に押し寄せたファンに対し、「渡慶次情報」の予想は飛ぶように売れた。予想の料金は1レースにつき100円なのだが、3日間で集まった100円玉を銀行に持っていき数えてもらったところ、その数なんと2800枚。つまり3日間で28万円も予想が売れたのである。 「あまりの数の100円玉に銀行員の方から『お客さん、自動販売機の会社の人ですか?』って聞かれちゃいましたよ。いえいえ違います、そんなのやってませんと。おかしいなぁと、偽造硬貨でも持ち込まれたのかと思われたみたい(笑)」

離婚した奥さんが戻ってきた

 予想屋として大成功を収めた良秀さんが得たものはお金だけではなかった。離婚していた奥さんと復縁できたのだ。離婚後、奥さんは洋品店を3回出たのだが、1回目も2回目も失敗。3回目の出店時、良秀さんは出店費用として400万円をポンと出したのだ。 「そんなに出してくれるの? ってなりましたよね。結局それも潰れちゃうんだけど全然問題ない。稼いでましたからね(笑)」  結局子供のころ手相を占ってもらった中で当たっていなかった「結婚2回」も復縁することで当たったということに。もちろん、現在も松戸競輪場内で予想屋『渡慶次情報』は営業している。 「今は(ネット投票の普及もあって)昔ほどは売れませんよ。それにコロナが来て、コロナ感染対策で9月までほとんどのレースが7車立てになっちゃった。7車だと予想が売れないんですよ、簡単だから。わざわざ予想を買おうと思ってくれないみたい。はやくコロナが落ち着いて9車の競輪に戻って欲しいね」  そう語る良秀さんの競輪への意欲はまだまだ衰えない。競輪がわからない人はぜひとも気軽にいろいろと聞いてほしい。良秀さんだけでなく、競輪場にいる予想屋は、いつでもファンの味方なのだ。 取材・文/佐藤永記 公営競技ライター・Youtuber。シグナルRightの名前で2010年、ニコ生で全ての公営競技を解説できる生主として話題に。現在はYoutube「公営競技大学」を運営。子育てやSE業界の話題なども扱う。Twitter:@signalright
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