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<純烈物語>最年長でありながら自分の個性は “動”と言える小田井涼平ののびしろ<第70回>

純烈小田井

<第70回>純烈最年長でありながら自分の個性は“動”と言える小田井涼平ののびしろ

 2020年の純烈を振り返る中でいくつかの忘れられぬシーンがある。そのうちの一つが6月23日、東京お台場 大江戸温泉物語の無観客ライブにおける小田井涼平の奮闘ぶりだった。  最年長でありながら誰よりも動きまくったあのテンションは、今思えば「頑張る」のひとことで片づけられぬ意志のようなものを感じずにはいられなかった。そこまでやるのが純烈だとしても、やはり突き動かす何かがなければ、気持ちと体はついてこない。 「あの日だから特別一生懸命やろうというつもりはなかったんですけど、配信とはいえ、久しぶりの純烈のステージということで見ている人のハードルが上がっているだろうと。そこでチンタラやっていると、あれ?って思われるのが嫌だったから普段のステージよりも張り切ってやれたんでしょうね。やっぱり、この日のために仕上げてきたなと思わさなければ負けやなと。  実際はその日のためにした特別なことはないんですよ。今までやってきたことをやっただけだし、ましてや4人のメンバーでやって全体で作るものとなると、僕一人ではどうにもならない。なので下準備のようなものはなかった。なんだかメッチャ気合入っとるやつが一人ぐらいおった方がええやろという気持ちでしたね。いくら夫婦で番組出ていようが、肝心の純烈になった時に一番パワーが出ていなかったら意味ないやないですか」

何よりも大切なものは純烈であり、家族

 音楽のライブはスポーツのように得点や記録で勝ち負けを競うものではない。でもプレイヤーそれぞれの中には、れっきとした勝敗がある。  ステージ上と無人のラウンドをまわる最中にしたたり落ちていた汗は、そんな小田井の勝負に対する覚悟の結露だった。夫婦としての露出が増えたからといって、浮かれるどころかその反動も想定した上でどうするべきかを考える。  小田井にとって何よりも守らなければならないのが純烈であり、家族。そこに向けられる姿勢は、意識せずともあらゆる物事にトレースされていく。バラエティなど初めて呼ばれる番組では何かしらの爪痕を残すためのことを、常に心がけてきた。  テレビ出演が多かった期間、世間へ届いたパブリックイメージにステージへ立った自分が負けてしまったら……それは小田井自身がもっとも味わいたくない現実である。だから、シャカリキになった。「あのおっさん、何はしゃいどんねん」と思われるほどに。 「いやいや、むしろおっさんがはしゃいどると見てくれたらいいなぐらいの思いでしたよ。自分たちも、配信いうても久しぶりのファンに見てもらうライブができたという喜びは、言葉じゃなくて体で伝えると。  言葉ではいくらでも言えるけど、体で表現された方が、見る側もリアリティーがあるってなるやないですか。それは伝えたかったですよね。ホンマ、外国へいる気分になっていました。ここは言葉が通じない国なんやと。ボディーランゲージで喋るしかないんですよという気持ちでやっていた」  なぜ動画ではなくスティール(写真)撮影時にもずっと動きまくっていたのかと聞くと、あごヒゲを右人差し指と親指ではさみ、スリスリしながら答えた。あの時の現場に漂った「小田井さん、いいからポーズをとる時ぐらいは動かずに休んで!」という空気による一体感は、純烈2020年の一景として忘れられない。  熱闘にはダメージがつきものである。全曲を終えて袖に引っ込んだ瞬間、汗だくのまま気持ちが悪くなった。走り慣れていないのに完走した直後のあの感覚。  翌日から49歳の体はストライキを敢行。全身を筋肉痛が包み、なかでも振り付けでよく動かす右の肩がウソでしょ!?と思うぐらいに上がらなかった。じっとしていない代償は、あまりに大きかった。
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