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ベストセラー『人新世の「資本論」』の著者が見据える、資本主義と日本の行く末

個人投資家が急増投資の理由は将来不安!?

斎藤幸平――ところが、マネーフォワードの調査によれば、コロナ禍の昨年1年でネット証券の口座開設は240万を超え、新たに市場に参入する個人投資家が急増しています。 斎藤:チャンスが小さくなっているのに厳しい競争に参加する人が増えているのは、不安だからでしょうね。ふつうに働き、生活ができて、将来不安もなければ、リスクを取ってわざわざ株をやる人はそれほどいない。ところが現実には、フルタイムで働いても老後資金の2000万円を貯められず、自分の思い描く暮らしも送れていない……少しでも収入を補填したいという、切実な思いから投資を始めている人が多いのでしょう。  悪いことに、投資をする人が増えると、株価上昇はよいことと考える人が増える。本来、株価の騰落に一喜一憂するのは、小口の個人投資家などではなく、大株主や経営者といった資本家階級です。ところが、ごくわずかな株を持つことで、個人投資家があたかも資本家と同じような気持ちを抱くようになり、ときには経営者のようなことを口にしたりする。そして、資本主義の矛盾や、資本家に自分たち労働者の生活が苦しめられている現実さえも忘れてしまう……。  個人投資家の大多数は労働者で、本来、資本家と対立する立場であることを忘れてしまうのだから、資本主義にとっては実に都合がいい。個人投資家のなかには食費を切り詰めて、投資に回している人もいると聞きます。共働きで残業も目いっぱいして、仕事以外の時間で投資しているような人は、勤務中は企業の業績向上に貢献し、投資しているときは株価上昇に貢献……起きている間、ずっと資本の奴隷です。  こうした人々は、資本家にすればもっとも統治しやすい。政府に格差是正を訴えたり、企業に賃金を上げろと声を上げることはないですからね。

3.5%の人々が立ち上がれば社会が変わる

――資本主義を鋭く批判しているだけ、個人投資家にも厳しく意見されると思っていたので意外です。 斎藤:資本家は滅びるべきですが、前述したように、不安や切実な理由から投資している人も少なくない。彼らがそうせざるを得ない社会のほうがおかしいのです。  だから、300円の牛丼を食べ、NISAをしている人を、「資本主義の収奪システムに加担している!」と切り捨てるつもりもない。牛丼を食べていてもいいから「もっと給料を上げて、地球環境にやさしい食べ物を!」と声を上げてほしい。投資している人も「フルタイムで働いているのに、なぜ投資しなきゃならないんだ!」と怒りを覚えてほしい。 斎藤幸平――とはいえ、資本主義という強大なシステムに闘いを挑むには、個の力はあまりに小さいように思えます……。 斎藤:確かに、個々の力は微々たるものでしょう。けれど、ハーバード大学の政治学者エリカ・チェノウェスらの研究によれば、3.5%の人々が非暴力的に本気で立ち上がると社会が変わるという。フィリピンのピープルズパワー革命やグルジアのバラ革命、NYのオキュパイウォールストリート運動も最初は数人で始まったが、世の中を動かしたのです。  だから、私は不安から投資をしている人や、300円の牛丼を食べている人が立ち上がるのを期待しているのです。
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多くの人が声を上げ、アクションを起こすことが必要
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