更新日:2022年07月08日 17:24
恋愛・結婚

コンビニ店員が客と恋仲に。「ちゃんと責任取ってよね」と迫られて…

嫉妬した彼女がとった驚きの行動

 そんなある日のことである。彼女が僕の部屋にいるときに女友達のHから携帯に電話がかかってきた。思わず話が弾んでしまい、Y子が部屋に来ていることも忘れ、気が付くと1時間以上もHと話していた。  電話を切ってY子のほうを向いた。 「ごめん。急に友達から……」  そしてギクリとしてしまった。彼女の腕を掴んで眺めた。そこからは……。 「なんでこんなことを……」 「わかってほしかったから」 「なにを?」 「私がどれだけ傷ついてるのかを」  Y子が部屋に来ているにもかかわらず、他の女と電話で1時間以上も話してしまう僕もかなりのクソ野郎である。が、だからといってこんな……。 「ほら、もっとよく見てよ。こうやって見せてあげないと小林さんはわからないでしょ?」  僕は彼女の傷をただ呆然と眺めた。なにも言葉を返すことができなかった。が、心の中ではこう警報が鳴り響いていた。この女は危険だ! 今すぐに離れろ!  それから僕は彼女からの着信をすべて無視するようになった。コンビニのバイトもすぐに辞めた。しかし、それでY子がすんなりと身を引いてくれるはずもなかった。携帯は約10分おきくらいにY子からの着信で鳴った。アパートまで直接来られることもあった。  ピンポーン。インターホンが鳴らされる。僕は足音を立てないように忍び足で玄関ドアに近づいて覗き窓を覗く。Y子がそこに立っていた。彼女がバッグから携帯を取り出すのが見えた。まずい! 僕に電話してくる気だ。僕は慌ててテーブルの上に置いていた携帯を掴んでマナーモードに切り替えた。  そんな風にビクビクと過ごす日々がしばらく続いたある日のこと。携帯に非通知の着信があったので、僕はなんの考えもなしにそれに出てしまった。 「もしもし」 「う、うううう……」  すると、女性の啜り泣く声が聞こえる。しまった、Y子だ! 彼女はいつも番号を通知してかけてくるので油断してしまった。 「やっと出たよ。ねえ、私のこともう嫌いになったの?」 「いや、なんというか……」 「お願いだからもう一度だけ会ってよ。どうしても話したいことがあるの。それで終わりにしてもいいから」 「う、うん……」  断ることなんてできなかった。彼女にもう一度会って付き合えないということをはっきりと伝えようと思った。

「ちゃんと責任取ってよね」

喧嘩 翌日、近所の喫茶店でY子と会った。そしてそこで彼女に言われた言葉に打ちひしがれることになった。 「生理が遅れてるの」 「……嘘でしょ?」  じゅうぶんに気を付けていたはずだが……。 「避妊しても妊娠の可能性がゼロになるわけではないんだよ」 「え、そうなの?」  僕も専門家ではないので彼女の言葉をはっきりと否定することはできなかった。 「あと1週間くらいしても来なかったら検査してみようと思う。もしそのときは……ちゃんと責任取ってよね」 「責任って……」 「結婚しろなんて言わないよ。どうせそんな気ないでしょ?だから堕胎する。それには相手男性のサインも必要になるから。そのときはちゃんと電話に出てよね」 「……うん」  アパートに帰ってからひとりじっくりと考えた。もしY子が本当に妊娠していたら……堕胎なんてさせたくなかった。それは生まれてこようとするひとつの命を殺すことになる。だからそのときは責任を取って結婚する。そう決めた。  しかし、なんにしてもいちばん良いのはY子が妊娠していないことである。どうか妊娠していませんように……。しばらくはそう祈るような気持ちで日々を過ごした。そして幸運にもその後、彼女から電話がかかってくることは二度となかった。  当時、彼女の気持ちはまるで理解できなかった。が、そもそも心の傷というものは他人には絶対に知り得ないものだ。そしてその傷への対処法も人それぞれである。そういうことだけはなんとなくわかるようになってきた。今の僕だったらY子に対してもう少し違った対応ができたのかもしれない。が、あの頃の僕は目の前で行われる自傷行為がホラーにしか思えなくてただ逃げることしかできなかった。     あれからずいぶんと月日が経った。窓の外ではあの日Y子にはじめてあったときのようにミンミンゼミがけたたましく鳴いていた。 <文/小林ていじ>
バイオレンスものや歴史ものの小説を書いてます。詳しくはTwitterのアカウント@kobayashiteijiで。趣味でYouTuberもやってます。YouTubeチャンネル「ていじの世界散歩」。100均グッズ研究家。
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