仕事

銀座のナンバー1嬢「コロナ禍でも指名が途切れたことがない」接客の極意とは?

 新型コロナウイルスの感染拡大防止で度重なる時短営業・休業要請を受け、夜の街が疲弊している。特に人と人との接客を主とする水商売への風当たりは強い。が、そこで働く人たちそれぞれにリアルな生活があり、逆風のなかでも明るく前向きに、人、仕事と向き合っている。  クラブ、キャバクラ、ガールズバー、スナック…業態は数あれど、そこで働く女性たちは、この時世にどう試行錯誤しながら仕事と向き合っているのか。夜の街で働く女性を対象にしたミスコン「ナイトクイーングランプリ」に出場する女性たちの仕事術から、逆境を生き抜くヒントを見つけていきたい。

銀座・キャバクラ「ラヴィエ」らむねさん 母のお店を継ぐために航空会社から水商売に転職

【画像をすべて見る】⇒画像をタップすると次の画像が見られます
らむね

らむねさん

 これまで西麻布や門前仲町のキャバクラ、銀座のクラブなどで働き、錦糸町のガールズバーでママを務めたこともあるらむねさん。現在所属する「銀座ラヴィエ」は今年3月から働き始め、最初の月から現在までナンバー1の座をキープ。8月は系列店の全店舗を含めた中でもナンバー1を獲得した。  かつては日本体育大学でバスケットボールと集団行動に打ち込み、現在も週に3回以上は体を動かして、抜群のプロポーションをキープしているスポーツマン女子の彼女が水商売にかける思いとは?
らむね

本人提供画像

――前職は日本の航空会社で働いていたそうですね。 らむね:新卒で航空会社に就職して2年間、グランドホステスをさせていただきました。 ――どうして水商売に転職しようと思ったんですか? らむね:母が自営業で、東銀座で小料理屋とバーを経営しています。うちは母子家庭で、私には妹がいるのですが、母は女手一つで私たちを育てるために水商売を始めました。それまで外資の大手コンピュータ関連企業に勤めていて、英語もペラペラなエリートだったんですけど、私たちのために時間の融通が利く水商売を選んだんです。そんな母を尊敬しているのですが、家族のために自分に何ができるかを考えたときに、30歳までに母のお店を継ごうと決心しました。それで水商売に転職したんです。

母には接客について教えてもらうことも

らむね――お母さんは転職することに賛成だったんですか? らむね:もともとは反対でした。なかなか世間から応援されるお仕事ではないですし、昼職をやってほしいと。でも今は「やるなら本気でやれ!」と言われていますし、お店を継ぐのも賛成してくれています。挨拶や話し方、空気の読み方など、母から接客について教えてもらうことも多いです。 ――銀座で働く前から、幾つかのお店を経験しているそうですね。 らむね:初めて夜のお仕事をしたのは大学時代で、門前仲町のキャバクラで働きました。それまで私はスポーツ一筋で、化粧も下手でしたし、ブランド物の知識もありませんでした。最初の頃は全く指名が取れず、ヘルプばかり……。でも水商売は楽しかったので、何とか結果を残そうと、日体大のジャージを着たり、大学で学んでいた集団行動の行進をしたり。自分ならではの接客をやったらお客様の反応も良くて、ナンバー1になれました。後に錦糸町のガールズバーでママをやらせていただくんですが、私を推薦してくださったのは、門前仲町のキャバクラでお世話になった方でした。
次のページ
西麻布、錦糸町から銀座へ
1
2
3
銀座「ラヴィエ」
住:東京都中央区銀座8-3-11 和恒ビル4階
営:20~25時 料:50分8000円~ 休:日・祝
Cxenseレコメンドウィジェット
ハッシュタグ
おすすめ記事