更新日:2022年01月05日 15:37
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結婚式の3週間後に脊髄損傷したYouTuber「障がいを使命だと思って」――2021年ベスト10

受け入れるというよりも慣れていった

 事故に遭うまでは、飲食店を経営していたというかしわせさん。  もともとは外に出かけることが好きだったというが、自由が利かない身体となったことを受け入れるのには、どれくらい時間がかかったのだろうか。 「どこかのタイミングで受け入れたというよりは、だんだんこの状態に慣れていったという感じです。失恋したときの苦しみに似ているというか、徐々に深く落ち込まなくなっていきました」  明るく振る舞うかしわせさんだが、死にたいと感じるほどの喪失感も経験している。 「一回だけそういうこともありました。退院してからのことなんですけど、すごい鬱みたいになっちゃって。毎日、“死にたい”って思うことが多くて。『そういう状態なんだけれど』って、隠さずに妻に伝えました。そうしたら、『病院に行こうか』と言ってくれて。結局、病院には行かず、だんだん落ち着いて元気になりましたね。今はそんなことは思わなくなくなりました」

高度な再生医療に望みを託し、札幌に移住

 あくまで、自分の身に起こった出来事を淡々と語るかしわせさん。事故にただ落胆することなく、再生医療を受けるため、都内の病院から札幌の病院に転院することを決意する。 「初めは都内の病院に搬送されて、そこで首の固定手術、ボルトを入れる手術を行いました。今、チタン製の20センチくらいのボルトが、首から胸に入っています。事故から2週間後に、札幌の病院に転院し再生医療を行いました。  保険適応される再生医療ができる病院が、札幌だったんです。間葉系幹細胞といって、自分の細胞を一回抜いて、培養して増やしてまた体に戻すっていう。自分の細胞なので、安全性が高いんです。それを増やす治療を受けました」  かしわせさんのYouTubeでは、実際に札幌医大に出発する様子がアップされている。妻も一緒に札幌まで移住した。 「札幌で再生医療が受けられるから、行った方がいいんじゃないかって、色んな人から連絡をもらって。家族や友人が、僕の怪我を知って調べてくれたんです。主治医から札幌の病院に伝えてもらい、転院が決まりました。当時は都内に住んでいたんですけれど、札幌には半年入院しなければならなかったんで、マンションを解約して、妻と札幌に引っ越しました。  妻が付いてきてくれたのはありがたかったです。本当に苦労を掛けたなって思います。札幌は冬だったんで、髪やまつげにも雪が降り積もってましたね(笑)。大雪で転びそうになっても、毎日、娘をおんぶしながら病院に通ってくれたんです」
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妻の言葉「なんとかなるでしょう。大丈夫でしょう」
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出版社やWeb媒体の編集者を経て、フリーライターに。趣味はプロレス観戦。ライブハウスに通い続けて四半世紀以上。家族で音楽フェスに行くのが幸せ。X(旧Twitter):@rizeneration

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