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遊郭編・最終回直前。『鬼滅の刃』分析本の著者が改めて魅力を解説

【見どころ解説・遊郭編1】炭治郎の怒りと血涙

鬼滅の刃

『鬼滅の刃』8巻(ジャンプコミックス)より

遊郭編では主人公の竈門炭治郎が怒りのあまりに血涙を流すシーンがある。炭治郎はもともと穏やかな性格で、これまで人喰い鬼を退治する時にも、鬼が苦しまない方法を模索し、死にゆく鬼の手をそっと握るなど、鬼への同情や共感をにじませていた。しかし、遊郭編では「遊郭の鬼」の堕姫が、一般市民を無差別に攻撃する様子を見て、炭治郎の怒りが頂点に達する。血涙の描写は圧巻だ。 遊郭編は『鬼滅の刃』のシリーズの中で、無限列車編につづくエピソード。炭治郎の血涙は、この無限列車編の内容を受けてのものだ。無限列車編では、炎柱・煉獄杏寿郎が自分の命を懸けて、列車の乗客200人を守りきった。逃走する鬼に向かって「煉獄さんは負けてない!! 誰も死なせなかった!! 戦い抜いた!! 守り抜いた!!」と炭治郎は叫び、大声で泣いた。炭治郎は「ひとりも死なせない」ことの重要性を煉獄の死からあらためて学んだのだ。そんな炭治郎にとって、「遊郭の鬼」による市民殺害は、煉獄の死を踏みにじる行為でもあり、これまでにない怒りが爆発したものと思われる。 『鬼滅の刃』は自分の中で制御しきれない「怒り」をどのように見つめるのかがキーワードになっている。ラストシーンではまた優しい炭治郎に戻るのだが、それまでの「怒り」の様子と比較してもらいたい。

【見どころ解説・遊郭編2】竈門兄妹と遊郭の鬼の”兄妹愛”

『鬼滅の刃』の主人公・炭治郎は鬼狩りの剣士になる前は、平凡な炭焼きの少年だった。しかし、鬼の襲撃によって家族が殺され、たった1人生き残った妹・禰豆子を「鬼から人間に戻す」ために、鬼殺隊へ入隊し、過酷な日々を過ごすようになる。『鬼滅の刃』は兄妹愛の物語でもあるのだ。 この作品では、炭治郎・禰豆子兄妹以外でも、煉獄兄弟、不死川兄弟、冨岡姉弟、時透兄弟、弟妹の多い宇髄、日の呼吸の剣士の兄弟エピソードなど、さまざまな「きょうだい」のかたちが描かれているのが特徴だ。 その中で、「遊郭の鬼」は、めずらしく鬼側の兄妹エピソードだ。『鬼滅の刃』の設定上、本来、鬼同士は不仲であるのが一般的だ。鬼の始祖・鬼舞辻無惨が、手下の鬼たちが結託して歯向かうことがないようにと、彼らの精神をコントロールしているのだ。 しかし、「遊郭の鬼」の場合はちがう。普段は人を殺すこともいとわない堕姫は、兄の妓夫太郎には甘えん坊の愛らしい”妹”なのだ。兄が自分に背を向けた時に、「絶対離れないから ずっと一緒にいるんだから!!」と叫ぶ堕姫の泣き声が痛々しい。そして、不幸のただ中で、妹の幸せだけを願い続けて鬼になった妓夫太郎の決意は、涙なくしては見られない。「遊郭の鬼」の兄妹は、『鬼滅の刃』の数ある「きょうだい」のエピソードの中でも、屈指の感動的な場面である。遊郭編のラストシーンでは、最高の”鬼いちゃん(=お兄ちゃん)”の優しさが見られる。

【見どころ解説・刀鍛冶編】甘露寺蜜璃の身体能力

遊郭編が終わると、その後につづくのは刀鍛冶編のエピソードだ。炭治郎たち鬼殺隊が、鬼と戦うための唯一の武具として使用している「日輪刀」。これを製作している刀鍛冶たちの隠れ里が、次の戦いの舞台になる。 これまでのエピソードで大活躍だった、善逸と伊之助はこの刀鍛冶編には出てこないが、なんと鬼殺隊の柱2人が登場する。恋柱・甘露寺蜜璃の世にも不思議な形状の日輪刀と、彼女の優れた身体能力が明らかになる。いつも明るい蜜璃の「鬼狩りの剣士」としての決意が示されるエピソードでは、蜜璃ファンの急増はまちがいないだろう。人気キャラクターである最年少の柱の霞柱・時透無一郎の比類のない強さも刀鍛冶編で描かれる。無一郎はその愛らしい容姿と普段の無口さから想像もつかないような、凄まじい”毒舌”が特徴的な人物だ。彼と鬼の玉壺との舌戦にも期待が高まる。 刀鍛冶編では、これまでにスポットが当たっていない名脇役の活躍の場面も多い。風柱・不死川実弥の弟・玄弥の特殊能力が明らかになる。また、これまでときおり登場していた刀鍛冶・鋼鐵塚蛍が以前よりも筋骨隆々になって登場するが、彼の素顔と鍛刀への熱い思いのシーンも必見だ。 彼らの前に、上弦の鬼・玉壺と半天狗が立ちふさがる。この2体の鬼は、美麗な描写が多い『鬼滅の刃』のキャラクターの中で、見た目の恐ろしさが突出している。作者・吾峠呼世晴氏のキャラクターデザインの秀逸さも味わえるだろう。 取材・文/山脇麻生(インタビュー) 植 朗子(見どころ解説)
1977年和歌山県新宮市生まれ。神戸大学国際文化学研究推進センター協力研究員。大阪市立大学文学部国語・国文学科卒。大阪市立大学大学院文学研究科前期博士課程修了。神戸大学大学院国際文化学研究科後期博士課程修了。博士(学術)。専門は伝承文学、神話学、ドイツ民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー -配列・エレメント・モティーフ-』(鳥影社)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)、『「神話」を近現代に問う』(勉誠出版)など

鬼滅夜話

キャラクター論で読み解く『鬼滅の刃』


ニュースサイト「AERAdot.」の人気連載・『鬼滅の刃』のキャラクター分析記事を大幅に加筆した『鬼滅夜話』待望の書。2020年12月から始まった神戸大学研究員の植朗子氏による分析記事は、配信されるたびにSNSで話題となり鬼滅ファンからも認知されているようになった人気連載。SNSでの「単行本で読みたい」という声にお応えし、大幅加筆&キャラクターも追加! 炭治郎や禰豆子、鬼殺隊の「柱」メンバー、鬼たちのセリフや行動の裏にあるものとは!? 全352ページで読み応えもたっぷり。鬼滅ファン必携の書!
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