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稀代の天才打者・田尾安志が明かす「衝突とプライド」。プロ入り前に長嶋茂雄の邸宅を訪問

プロ入りまでの苦難の道

 甘いルックスに爽やかな出で立ち。エリート街道をまっしぐらに歩んできたと思われがちな田尾だが、プロ入りまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。高校も野球名門校ではなく、甲子園に一度も出場したことがない府立泉尾高校の出身。両親は香川県から大阪に出てきて町工場を営んでおり、田尾少年は朝から晩まで働きづめの両親を見て育った。  病気を抱えた弟との二人兄弟ということもあり、田尾には早い段階から自立心が芽生え、弟の面倒を引き受けながらスポーツと勉学に勤しんだ。そういった家庭環境からか、田尾は私立の野球強豪校に行かず地元の公立高校に進学した経緯をもつ。進学した公立高校にも野球部は存在していたが、甲子園を狙えるどころかまともに県予選に参加できるかどうかというレベルだった。 「入学して野球部に入ると、先輩が5人しかいないんです。僕ら一年生が入ってきて、ようやく試合ができる状態でした。それに、公立高校なので練習は校庭しか使えず、バッティング練習は週に2回しかできない。一年生の夏の県大会は17対0のコールド負けです。こんな状態から、自分たちで『どうやったら強くなるか』を毎日考えて練習していました。どうやったら強豪高に勝てるのか。何が足りなくて、どうすれば補えるのか。現状の立ち位置を見直し、チーム力をアップすることだけを考えて練習してきました。そして、自分たちの代になった三年生最後の夏には、府のベスト4までいきました。学生時代から恵まれた環境でノルマをこなす野球というのをやってきていないんです。どこへ行っても『与えられた環境下でどうしたら勝てるのか』を模索し続けてやる野球なんです」  その後、田尾は野球推薦ではなく一般入試で同志社大学へ入学。大学時代は投手と打者の二刀流として鳴らし、大学二年生から全日本のメンバーに選ばれた。そこで、同い年の中畑清、2つ下の江川卓と顔見知りになった。

江川卓と訪れた“ミスター”の邸宅

「大学4年生の6月、カリフォルニアで開催される日米大学野球選手権で全日本代表に選ばれて、二年生の江川と一緒に田園調布にある長嶋(茂雄)さんの家に行ったんです。今となっては大豪邸ですけど、当時は『そんなに大きくないんだな』と思ったのを覚えています。長嶋さんっていったらお城みたいな家に住んでいると思っていましたから。懇意にしていたカメラマンの計らいで長嶋さんの家にお邪魔したんですけど、秋のドラフトで巨人から一位指名される線もあったので、カメラマンとしてはなんとか写真に収めたかったんだと思います。お小遣いとしてドル紙幣で500ドルもらいました。当時のレートだと日本円で12〜15万円ですね」  巨人監督一年目の長嶋茂雄と、まだ大学生の田尾安志、江川卓との貴重なスリーショット。今だとプロアマ規定に抵触する事例だが、コンプライアスなんて言葉が使われてない全体的に緩い時代で、まだまだ牧歌的な空気が流れていた。  そして七五年、田尾はドラフト一位で巨人ではなく中日に入団する。大学野球で切磋琢磨した盟友中畑は、同年ドラフト三位で巨人へと入った。 「バッティングには自信があったんですが、大学時代はピッチャーだったんで守備や走塁をまったくやってませんでした。中日に入ってから練習したんです」 (次回に続く) 【田尾安志】 ‘54年、香川県生まれ。左投左打。同志社大学を経て’75年にドラフト一位で中日ドラゴンズに入団すると、俊足巧打のリードオフマンとして新人王を獲得。82年には打率.350を記録し、チームのリーグ優勝に貢献。同年から3年連続で最多安打に輝く。’85年の西武、’87年の阪神への移籍を経て、’91年限りで引退。実働16年で安打数は1560。’05年には東北楽天ゴールデンイーグルスの初代監督を務めた
1968年生まれ。岐阜県出身。琉球大学卒。出版社勤務を経て2009年8月より沖縄在住。最新刊は『92歳、広岡達朗の正体』。著書に『確執と信念 スジを通した男たち』(扶桑社)、『第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手』(KADOKAWA)、『まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後』、『偏差値70の甲子園 ―僕たちは文武両道で東大を目指す―』、映画化にもなった『沖縄を変えた男 栽弘義 ―高校野球に捧げた生涯』、『偏差値70からの甲子園 ―僕たちは野球も学業も頂点を目指す―』、(ともに集英社文庫)、『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』、『最後の黄金世代 遠藤保仁』、『史上最速の甲子園 創志学園野球部の奇跡』『沖縄のおさんぽ』(ともにKADOKAWA)、『マウンドに散った天才投手』(講談社+α文庫)、『永遠の一球 ―甲子園優勝投手のその後―』(河出書房新社)などがある。

92歳、広岡達朗の正体92歳、広岡達朗の正体

嫌われた“球界の最長老”が遺したかったものとは――。


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昭和のプロ野球界を彩った男たちの“信念”と“生き様”を追った渾身の1冊

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