更新日:2023年11月16日 03:54
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「包丁で心臓を…」小4で“人生に絶望した”20代女性が両親から目を離さない理由

「両親に謝罪してほしい」思いは微塵もない

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内山田氏が所有する書籍の一部

 両親の無責任、我関せずというスタンスは徹底している。たとえば、術前術後はこんなやり取りがあったと内山田氏は回想する。 「手術前は、どの病院にするかなどについて相談したくても、母は『自分で選びなさい。私はパソコンとかわからないし、病気についても知識がないから』の一点張りでした。  また、術後、ICUから一般病棟に移ったときのことです。本来は快気を祝うはずの家族再会の場で、父が母に対して唐突に『ねぇ、離婚しよう』などと言い出して、病室で喧嘩が勃発しました。常に彼らのなかに私はいなくて、たとえそれが病気に翻弄された弱い立場だったとしても、お構いなしに自分たちの都合でことが進んでいくのです」    現在は支援にもつながり、カウンセリングが奏効している内山田氏だが、社会に対してこんな視座をもつ。 「今、多くの人たちが助けてくれることはとてもありがたいと感じています。一方で、どうしても苦しかった子ども時代に誰ひとりとして大人が手を差し伸べてくれなかったことについては、恨みに近い感情を抱いています。  小学校低学年のときにはもう両親を見限っていた私にとって、両親に謝罪してほしいとか心を入れ替えてほしいとか、まして対話したいという思いは微塵もありません。私は疑問に思ったことや調べたいと思ったことをとことん突き詰める質で、自分の状況を客観的に整理することができました。しかし、現在行方をくらましている妹は、幼い頃からほわっとしていて、それができません。だから、とても心配なんです」  幼き日の内山田氏のSOSは、関わる大人による少しの用心と関心で気づけたものだったのではないか。現代は自らの忙しさを自認したがる人が多いためか、弱者の声が届きにくい。どんなに微弱であっても、発せられたSOSを黙殺してはならない。社会が弱い立場にいるあらゆる人の声に敏感になれば、内山田氏も空虚な“監視”に終止符を打てるかもしれない。 <取材・文/黒島暁生>
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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