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「家族が壊れる…」認知症の親の介護、当人の“病識の低下”が悲劇の原因だった

自分の物が盗まれたという被害妄想のカラクリ

認知症の症状の一つに、自分の物を誰かに盗まれたという「物盗られ妄想」がある。それも病識のなさが原因だと坂本氏は言う。本当は、認知症の高齢者本人の記憶障害が原因なのだが、本人はその自覚を持てない。 「自分が物を置き忘れた自覚がないのに、物がなくなったら、人のせいですよね」 坂本氏が担当した高齢者の中には、入れ歯を無くしたのは、近所の猫が盗んだと思い込んだケースもある。 「家族からすると、荒唐無稽で、幼稚な作り話です。だけど、本人は泣くくらい必死に訴えます。記憶がないと、その部分を都合のいいストーリーで補完してしまうんです」 この場合だと、「入れ歯を無くした記憶がないのに入れ歯がない」「近所に猫がいる」という事実があるので、記憶がない部分に「猫が盗った」というストーリーで上書きしている。 近所の猫ならば誰も傷つかないが、家族や介護スタッフのせいにされると、トラブルにもなるし疑われた人は傷つく。

異世界に入り込んだSFのような「認知症の人が見ている世界」

レクリエーションを楽しむスタッフと利用者

実際に坂本氏がケアを担当した病識の低い男性のケースを聞いた。その男性は、過去と現在の時系列がめちゃくちゃだった。見当識障害(「今がいつか(時間)」「ここがどこか(場所)」がわからなくなる状態)もあった。 「そのお爺さんは、四国の海の近くで産まれた人でした。当時、利用していたうちのデイサービス事業所と四国の区別がつかなくなりました。それなので、“裏の海に行こう”と誘ってくるのですが、“海はありませんよ”と答えると、心底、驚いていました。信頼している人が、自分の常識を否定してきたら、困って打ちひしがれてしまいますよね」 自分は変わっていないのに、相手が自分を否定する。認知症の人が生きる世界はまるで、本人にとっては、異世界に入り込んだSFのような世界なのかもしれない。
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家族と一緒にいることが親孝行だという呪い
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立教大学卒経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアで連載や集英社オンラインに寄稿している。X(旧ツイッター):@Thepowerofdive1

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