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『月刊住職』は“仏教界の文春砲”。知られざるお坊さんの世界を覗いてみた

神様は古代語しか理解できない

 最近では、スピリチュアル本などの影響もあり、祈る時は、住所や実名を名乗る人も多い。「神様・仏様は住所・氏名を名乗らないと誰の願いか分からない」という理由からだ。実際のところ、仏様は名乗らないと願い事の区別がつかないのか。 「仏様は、名乗らないと分からないですが、お釈迦様はインド人なので、英語も日本語も通じます。だから、一般の人が普通に祈っても通じます。だけど、神社の神様は、神職が古代語で祝詞をあげるので現代語は通じません」  お釈迦様は元々、インドの釈迦族出身の「人間」だから、現代語も通じる。だけど、神様に願い事をしてきた時間は無駄だったということか。

絵馬は読まずに捨てる

 絵馬には本名を書く人も多い。筆者の知り合いには、「推しのホストと彼女が別れますように」など、煩悩が深い絵馬を写真におさめて、本名からSNSを調べる悪趣味な人がいる。絵馬はいったいどう扱うのだろうか。 「絵馬の写真を集める人がいるんですか?僧侶ですら読まないのに、変わった人がいるんですね。5,000円以上の護摩木などはお経をあげますが、絵馬はお焚き上げして終わりです」  軽くショックを受けた。絵馬は一般的に1,000円~1,500円くらいのものが多い。だけど、5,000円以下のものは読まれもしない。地獄の沙汰も金次第とはまさにこのこと。本来、届けたい僧侶には届かず、一部のマニアには届いている……。少し切ない気持ちになる。  お寺の貧富の差は激しく、どこの寺院も檀家の獲得に工夫を凝らしている。お寺開催の座禅会や婚活パーティーを開催する寺院も出てきている。お寺の経営だけではなく、駐車場経営などで売上を出す寺もある。昔と比べて開かれている印象が強い。H氏の高そうな伽羅の数珠を横目に取材を終えた。  お寺を身近に感じた。だけど、知りたくなかった生臭い裏事情を聞いて、若干、ありがたみが失せた筆者だった。もちろん全ての寺院がこうではなく、あくまでもH住職が語った例には過ぎないのだが。今はシーズン的に、節分の護摩祈祷をしている寺院もあるので、興味を持った方は、祈祷を受けてみてはいかがだろうか。 <取材・文/田口ゆう>
立教大学卒経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアで連載や集英社オンラインに寄稿している。X(旧ツイッター):@Thepowerofdive1
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