大谷の試合よりもサッカー代表戦
一方で、日本のメディアが好んで使っていた「韓国で大谷フィーバー!」というフレーズには違和感を覚えた。
たしかに開幕戦の翌日は大谷の写真が現地新聞の一面を飾ったり、地下鉄車内のモニターでも今回の開幕シリーズが主要ニュースとして流れていたが、ソウルの街中で「大谷フィーバー」というような熱気は全く感じなかった。
日本のメディアは開幕戦の数日前から、まるで韓国が「大谷一色」であるかのように報じていたが、全くそんなことはなかった。唯一「大谷フィーバー」を感じたのは試合前の球場周辺で、日本のメディアが大谷のモノマネ芸人や大谷のユニフォームを着たファンを取材している姿を見たときだった。
つまり日本のメディアが伝える「韓国で大谷フィーバー!」は、正確には「韓国で(日本メディアが勝手に)大谷フィーバー!」だったのだ。少なくとも、僕の目にはそのように映った。
たしかに大谷は韓国でも有名だが、そもそも野球に興味がない人はたくさんいるし、今シリーズの第2戦が行われた21日の夜には、サッカーの韓国代表対タイ代表の試合もソウルで開催された。
当日夜、ソウル中心部の地下鉄駅構内は、サッカーのスタジアムへ向かう電車を待つ人でごった返していた。ドジャースの山本由伸がデビュー戦で1回5失点KOされた頃、サッカー韓国代表は2026年のワールドカップ出場に向けた重要な試合に臨むところで、僕が訪れたスポーツバーではサッカーの試合の方が大きく映し出されていた。
サッカー韓国代表の試合とMLBの開幕シリーズ、両方を同時に映すスポーツバーの店内。ソウル随一の繁華街、梨泰院(イテウォン)にて(筆者撮影)
ソウルで話を聞いた人々に僕は「韓国では今、野球とサッカーどっちが人気?」と尋ねたが、全員が「サッカーだと思う」と答えた。そして、そもそもスポーツ観戦に興味がない、という人も多かった。日本メディアが言う通り「韓国で大谷フィーバー!」がたとえあったとしても、それは一部のファンによる極めて局所的な盛り上がりだったはずだ。
高尺スカイドーム付近の飲食店入口に置かれた看板。大谷が出場するMLBの試合は初日の第1戦のみ映し、第2戦が行われる翌日はサッカーを放映。大谷の右に描かれているのはサッカー韓国代表のスター選手、ソン・フンミン(英プレミアリーグ・トッテナム・ホットスパーFC)(筆者撮影)
「韓国で大谷フィーバー!」には疑問符がついたが、とはいえ大谷が韓国でも超有名人であることは間違いない。韓国発のファッションブランド「MLB KOREA」の店舗で店長として働く女性は、こう明言した。
「(韓国で)大谷を知らない人はたぶん、いないと思います」
「MLB KOREA」は、MLB球団のロゴやチーム名、ユニフォームのデザインなどを現代的なストリートファッションに落とし込んだ韓国のオリジナルブランドで、若い女性を中心に人気だそう。K-POPの人気ガールズグループ、Aespaがブランドモデルを務めたり、同じく人気ガールズグループ、TWICEのメンバーが愛用していることなどが知られている。
ソウル西部の永登浦(ヨンドゥンポ)にあるショッピングモール「タイムズ・スクウェア」内にある「MLB KOREA」の店舗(筆者撮影)
昨今は東京でもソウルでも、街中で「LA」や「NY」のロゴが入ったキャップなどを着用した若い男女を多く見かけるが、多くの場合、MLBは単にファッションとして消費されているのだ。「(韓国で)大谷を知らない人はたぶん、いないと思います」と言った店長もやはり「野球にもMLBにも興味はない」そうで、あくまでも仕事として、ファッションを通じてMLBに関わっているとのことだった。
3歳の長女にお土産として買った「MLB KOREA」キッズラインのTシャツ(サイズ110cm)。パスポート提示による免税で56,000ウォン(約6,500円)。デザインは可愛いけど値段は可愛くない!(筆者撮影)
さて、本当に大谷が韓国でも「知らない人はいない」くらい有名で、かつ人気も兼ね備えているのだとしたら、その理由は単に「スーパースターだから」「世界一の野球選手だから」というものだろうか?
韓国は日本と同様、世界的には「マイナースポーツ」である野球という競技が盛んな数少ない国のひとつであり、その競技最高のスター選手である大谷が人気なのは理解できる。また、大谷が日本人、すなわち韓国人にとって「隣人」であることも、大谷への注目度の高さに影響しているはずだ。
(うちの むねはる)ライター/1986年生まれ、東京都出身。国際基督教大学教養学部を卒業後、コンサルティング会社勤務を経て、フリーランスライターとして活動。「日刊SPA!」『月刊スラッガー』「MLB.JP(メジャーリーグ公式サイト日本語版)」など各種媒体に、MLBの取材記事などを寄稿。その後、「スポーティングニュース」日本語版の副編集長、時事通信社マレーシア支局の経済記者などを経て、現在はニールセン・スポーツ・ジャパンにてスポーツ・スポンサーシップの調査や効果測定に携わる、ライターと会社員の「二刀流」。著書『
大谷翔平の社会学』(扶桑社新書)
記事一覧へ