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「ホッチキス」という名称を巡る意外な事実【鴻上尚史】

ホッチキス この前、民放の情報番組に出た時に、文房具を紹介していました。 「ホッチキス」のことは「ステイプラー」と言い換えて下さいと、カンペで示されました。NHKだとよくある話なのですが、民放の情報番組でも同じなのかと驚きました。  言い換えて、意味が通じるのなら、問題はないと思っています。有名な例だと「宅急便」はヤマトさんが商標登録した名前で、番組で「宅急便」と言ってしまうと、それはヤマトさんだけのことを指すことになります。「宅配便」と言い換えなければいけません。 「ウォシュッレット」はTOTOさんの登録商標です。NHKの時は、「洗浄機付き便座」という冗談みたいな言い方をしないといけません。他のトイレメーカーさんが、それぞれ違う名前で売っているからです。 「バンドエイド」はジョンソン&ジョンソンの登録商標ですから、絆創膏と言い換えないといけません。 「テトラポッド」はフランスのテトラ社のものですから、「消波ブロック」です。 「ホッチキス」は、アメリカのホッチキス社が作って、日本では伊藤喜商店(現、株式会社イトーキ)さんが明治後期に「ホッチキス自動紙綴器」という名前で輸入販売を始めました。ホッチキス社製なので、「ホッチキス」と名付けたのです。  と、書きながら、「ステイプラー」は、とうとう定着しませんでした。やっぱり、「ホッチキス」はホッチキスであって、「ちょっとステイプラー取って」と言っても、「は?それは何?」となるでしょう。 ◆商品名の一般名詞化は喜ばれなくなった  じつは、特定の商品名があまりにも広がると、それが法律的に一般化した名称として認められるという現象が起こってきます。  ドライアイスもセロファンもエスカレーターもトランポリンもコーラもジッパーも、すべて、かつては特定の会社の登録商標でした。それが、あまりに広がったことで、商標を独占使用できなくなったのです。  日本だと、ホームシアターや魔法瓶、うどんすきなどの単語が、かつて登録商標でした。  2002年、オーストリアの最高裁は、「ウォークマン」がもはや一般名称化しているという判決を出しました。携帯型ヘッドフォンステレオは、全部、「ウォークマン」と呼んでいいという、ものすごい判決です。オーストリアのメーカーも「××社のウォークマン」という使い方ができるようになったのです。  もちろん、SONYさんは猛反発しました。判決当時は、この動きはEU諸国に広がるんじゃないかと見られていましたが、今の所はまだ続く国は出てないようです。ただし、それは、「iPod」が主流になり、「ウォークマン」の一般性が薄れたからとも考えられます。  昔は、企業は自分たちの商品が一般名称化することを喜んでいました。 「ティッシュ」と言えば「クリネックス」とか、「お腹の薬」と言えば「正露丸」とか、商品が完全に定着することに満足したのです。  が、すぐに、一般名称化するということは、どの企業でも「魔法瓶」を出せるし、「うどんすき」を名乗れるのだと分かりました。つまりは、企業にとっておいしくないことなんだ気づいたのです。  検索することが「ググる」で定着してしまうと「ヤフー」で「ググる」という表現が成立します。それは、「グーグル」にとってプラスにはならないと考えるようになったのです。  で、話は、「ホッチキス」に戻るのですが、ネットで「ホッチキスの登録商標は失効した」とさかんに書かれるようになりました。  本当なのか、もし本当ならそれはいつなのかと、「イトーキ」さんに問い合わせました。お客様相談センターの担当者から伺った解答は衝撃的なものでした。 「商標については社の正式な記録としては何も残っていません。ネットでは“大正6年に弊社が商標を買い取って登録した”というようなことも書かれていますが、弊社にそのような記録は残っておりません。従って、失効ということ自体も記録にありません」  つまりは、「ホッチキス」は昔から登録商標ではなかったということなのです。ならば、誰がどうして、特定の商品名だからテレビで言ってはいけないと決めたのでしょうか。  ちょっとびっくりな結論でした。<文/鴻上尚史> ― 週刊SPA!連載「ドン・キホーテのピアス」
不謹慎を笑え (ドンキホーテのピアス15)

週刊SPA!の最長寿連載エッセイ


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