【緊急時のあるべき“ルール”は?】陸前高田市で始まる民間からの復興<後編>
陸前高田市内でも高台に位置する「高田自動車学校」は、震災発生直後から救援物資の拠点となり、以降、行政ができない支援を行ってきた。
昨年9月には、自然エネルギーの活用、陸前高田の伝統産業を生かしての雇用・新産業の創出など、新たな街づくりを目指す新会社「なつかしい未来創造株式会社」を設立。
陸前高田の復興を“民”の立場から牽引する「高田自動車学校」田村満社長が、あの日々から学ぶべきこと、あるべき支援、災害のない街づくりを語ってくれた。
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「中小企業家同友会」という企業家グループからの支援物資の配布拠点となるのと同時に、田村社長のところには、さまざまな依頼が来るようになった。それは、主に「行政ではできない」お願いだ。
「例えば、夏になり、和歌山県から被災地に『元気をつけてもらいたい』と、紀州梅を届けたいというお話をいただいたんです。どうやら最初は岩手県庁に相談したそうなのですが、『個々にあたってくれ』と言われたそうで。その後、各市に連絡をしたところ、個人情報保護が壁となったようなんですね。どこの仮設住宅に何人の人がいるといったことは、外部に出せないと。そして、途方に暮れていたときに、人を介して僕のところに連絡がきたんです。なので、『いいですよ、うちに送ってください』とお答えしたんです。こうした話は単発的に我々のところに、入ってくるんですよ」
行政の膠着性、内陸部と沿岸部での温度差。こうした話は、今回の取材で多く聞かれた。例えば、田村氏の知人の近隣市役所に勤める職員が、市役所内で炊き出しを行い、沿岸部の避難所へおにぎりを運んだときのこと。これを知った、県の担当部局から直ちに止めるよう指示が入ったという。曰く、衛生的に問題がある。病気が発生したら誰が責任を取るのだ、と。食料も十分に届いていない状況の中での話である。
ニーズより優先される“ルール”。ルールは何のためにあるのか? 交通規則を教える立場にある田村社長だからこその逡巡もある。
「地震が起こり停電すると、信号はダウンしてしまいます。そうなると、『左方優先』となります。当然、私たちはわかります。交通法規を教える立場ですから。でも、普段、信号に頼っていますから、一般の方は知らない人も多い。そこで、渋滞が起きてしまう。だからね。私は、信号機ではなく、“ラウンドアバウト”を設置すべきだと考えたんです。時計回りの円形交差点になれば、災害時でもスムーズな通行が可能になる。市や県、国土交通省などにも話したんですが、僕の声なんて小さいからね。でも、あの日、クルマの中で亡くなった人がいっぱいいるんですよ。渋滞に巻き込まれて。でも、後ろから波が来ているのだから、逆車線に行ってでも逃げればいいのに、それをやった人はほとんどいないんですよ。不思議ですよね。津波に向かっていくクルマなんて来るはずがないのに……」
また、大船渡では踏み切りで止まって、津波にのまれた方も少なくないという。
電車は来ていて遮断機が下りていた。が、その電車はすでに止まっていた。後ろから波が迫ってきていた。ルールを破り、遮断機をぶち抜いて通ることもできた。
「今になって、つくづく感じることは、我々はもちろんルールを教えるけれども、命を守るということも教えていかないといけないと。どうしようもないときは、右側通行ということも教えていかないといけないのかなと思うんです。スイッチを平常運転から緊急時モードに変えるような……それが、命を守るということなのかなって」 <構成/鈴木靖子 撮影/土方剛史>
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